東京迷子


よく人に道を聞かれる。

自分の顔は道に詳しそうな顔立ちなのか、
それとも歩く姿に地元の人感が漂っているのか、
理由はわからないけれども、本当によく聞かれる。

一度、銀座のど真ん中でひとりのマダムに
なんとかという名のジュエリーショップの場所を尋ねられたことがあって、
何よりまず、よりによってそれを僕に訊きますか、と思った。
自分はといえばアクセサリーはおろか腕時計さえしたこともなく、
貧乏学生・貧乏フリーターのようなうだつの上がらぬ風貌である。
「すいませんわかりません」と言った後、
尋ねる前にまずこの人なら知っているだろうと見当をつけてから訊いた方が、
きっと目的地へ早く着けますよ、そうマダムに一言申し上げたかった。

外国の方にも、よく尋ねられる。
向こうからやってきていきなり「Hey!」である。
その黒人の彼が「ヨヨギコエン」に行きたいことは分かった。
ただ道のりは知っているけれども、いかんせん英語で説明できず、
結局「I don't know , sorry. 」と言わざるを得なかった、渋谷の午後。
せっかく親に大学まで出させてもらったにもかかわらず、
この体たらくであるから情けない。

そういえば大学生とおぼしき女の子に道順を説明している最中、
「あっ、すいません、“ハスムカイ”ってなんですか」って言われたことがあったっけ。
渋谷は苦手である。

よしんば相手が日本人で、尋ねられた道のりを知っている場合でも、
あの交差点がここから何本目だったか、あの角にあったのは何のお店だったか、
むしろ今説明しているルートじゃない方が近くてわかりやすいかなどと考えるうち、
自分も頭の中で迷ったりして、
説明がしどろもどろになるにつれ、
尋ねた相手の顔が「あーハズレを引いちゃったよ」みたいになっていくことがあり、
すると目的地はおろか相手との距離感までもすーっと遠のき、
空しさがじわーっと胸に広がって、頭の中の地図がかすんでいく。

そう、最初から地図を描けばいいのである。
なぜその時その場でそれをしてあげられないのだろう。
いちばん分かりやすいではないか。
ケータイで地図を見るなんて手もあるのに。
なぜあんなにもアナログになってしまうのか。不思議だ。
そもそも尋ねた人もケータイで探せばよいではないか、と思わないでもないけれども。

百聞は一見にしかず。
図やイラストというものが世の中でどれだけ活躍しているかしれない。

e0218019_21103911.jpg

『図で伝えるデザイン』 パイ インターナショナル

商品カタログ、サービスの説明書、観光案内、建物のフロア図、地図などなど
生活や商品などにまつわる色々なモノ・コトを
わかりやすく、魅力的に表現した図やイラストを網羅した図鑑的一冊。

e0218019_211379.jpg

e0218019_21125436.jpg

e0218019_21131698.jpg

主にデザイナーさんの参考書として使われる類の書籍だけれども、
近頃ブームらしい“大人も楽しめる図鑑”のひとつでもあって、
多彩な表現方法の図説はパラパラめくるだけでも楽しめる。

自分は本書を精読し、次また道を尋ねられた際には、
目的地までの道順をスムーズに説き、
さらには道中のおいしいお店情報なども織り交ぜつつ、
愉快に道案内できるよう精進する次第。

本書制作のお手伝いをさせて頂いたこともあってご紹介。
(下手くそな広告みたいなブログ記事になってしまったけれども)

注・ご購入いただくと私の懐に印税が入るわけではございませんので、
  ご興味がありましたら、どうぞきもちよーくお買い求めくださいませ。
[PR]

by hiziri_1984 | 2013-02-19 21:34 | 瀆書体験  

<< 29歳の男 なんとなくニッチな方へニッチな方へ >>