東京を10万歩あるけば


東京と一口に言っても広い。

そういえば、東京は日本で最も狭い都道府県なのに。変なもんだ。

新宿と渋谷なんて、歩けば3、40分ほどの距離だけれども、
街の様子も人もあんなに違う。まるで変わる。

これがたとえば青森県であれば、
弘前市と青森市ほど離れていても
さしてかわり映えはしない。
弘前城を見て、ねぶたを見て、
リンゴとほたてあたりを食べておけば、
まあそれで事足りる。
(なんて書いたら青森人に怒られるか)

しかし、東京はそうはいかない。
店も人も雰囲気も色々な数々の表通りと、
そこからいっぽん路地に入ろうもんなら
またその先に別の街並みがあらわれたりして、目まぐるしい。
くらくらする。

過日、仕事で、といってもまあアルバイトなのだけれども、
丸2日間東京中を歩きまわった。

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新宿の百貨店群、代々木ビレッジ、竹下通り、
表参道ヒルズ、渋谷ココチ、ヒカリエ、
六本木ミッドタウン、ヒルズ、東京タワー、
お台場ジョイポリス、ダイバーシティ東京、ヴィーナスフォート、
豊洲ららぽーと、銀座通り、有楽町、丸ビル、
東京ステーションシティ、上野アメヤ横丁、浅草雷門、
東京スカイツリーなどなど、
都内の各スポットを巡り、
フリーペーパーや案内書の類を収集するという任務を遂行した。
(もちろん途中で鉄道も利用した)

こんな機会がなければ行かないような場所がほとんどだったので、
新鮮であった。

さすがは都内有数のエンタメ・ショッピングスポットだけあって、
建物や敷地内スペースはきちんと空間設計されており、
全体に心地よさのようなものが漂っていて、
訪れる人を楽しませようとする心構えを感じる。

その雰囲気に身をまかせておけばもうOKで、そのうちに
徐々に街の空気と一体になって、
気分もふわっと浮遊してきて、とてもいいカンジである。

表参道なんて、歩道も広くて歩きやすいし、
行き交う人も皆なんとなく上機嫌に思われ、
上質なアーバンライフ感が漂っており、
秋晴れに頬もゆるみ、「うふふ」と微笑んだりすることもできる。

しかし、どうも物足りなさを感じてしまう。

居心地のよい空間で楽しませようとしてくれるのは
ありがたいのだけれども、
もうそこには街や空間のストーリーとでもいうものが既にあって、
それに沿うより他ないというか、
どうもこちらの絵空事が入る余地がない。
ちゃーんと用意されている分、
何かを見つける楽しさがすくないように思う。

歩いていて、なぜかしら細部に目が向かない。
それは、そもそも建ち並ぶブランドショップに
自分がさほど興味が湧かないからなのか。
といって、「けっ、何がブランドじゃい」と
それらをはなから毛嫌いしているわけでもないのだけれども。
まだまだ未熟である。

そんな、ブランドものに縁遠い自分でも
歩いていて楽しいのが銀座で、
勝どきに住んでいた頃は用もないのによく歩いた。
銀ブラだ。お金はないけど銀ブラだ。

   銀座の面白さは、表通りと裏通りを行ったり来たりするとわかる。
   表はハイカラで華やかな大通りなのに、
   一歩裏に入ると工事中の空き地とか、うらぶれた飲み屋があったり、
   反対に、路地のラビリンスからポッと広い大通りに出た時の快感もイイ。
   そのとき見えるのは、風景じゃなくて、「光景」なんだよ。
   光の景色。
   こういうコントラストがあるからこそ、町は面白いんだ。

なるほど、納得である。

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『トーキョー・アルキ』 荒木経惟  新潮社

   街がしゃべってくれるんだから、
   写真はそれを複写するだけ。

   街が「撮って」って言ってるんだよ。

と語る写真家アラーキーの東京歩き。
写真もさることながら、身体性抜群の文章だ。

   東京の街は、風景が「情景」なんだよ。
   そろそろ暮れてきたね。
   たそがれ時は昼と夜の情事の時間だナ。
   サテ、冥土を見ちゃった後は、
   また煩悩の世界に戻らなくちゃ。
   冥土と現実を行ったり来たりするのが、
   町歩きの面白さなんだよ。

聖と俗やら、愛やら、性やら、死やら、
人間の根源的なものにダイレクトにタッチする言葉が
口文体のかるーい言い回しのなかに宿っている。

アラーキーが歩き、出会い、撮り、体験した
青山、渋谷、銀座、本郷、成城、下北沢、品川などなどが
それぞれの「街」として立ち上がってくる。
アラーキー独自の「街」が現れる。

   小説のようで写真、写真のようで小説。

写真と文章が入り乱れて、
街とアラーキー自らの追憶や創意が入り乱れて、虚実が入り乱れて、
時に女性と入り乱れて、
虚構の世界やストーリーが生まれてくる。
本書はやっぱり小説だと思う。
巻末にアラーキーが歩いたMAPも載っているので、
追体験してみるのもよいかもしれない。


もう一冊。

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『東京夜話』 いしいしんじ  新潮文庫

東京を舞台にした短編集。
築地で運命の出会いを果たすマグロとサケ。
そ知らぬ他人の墓石を相手に酒を飲み、
縁なき先祖の過去に思いをめぐらす男などなど。

ちなみにこれは調べものをしていて、
さっき知ったのだけれども、
本書の文庫化される前の原題は、
『とーきょー いしい あるき』だったらしい!

もしかすると、アラーキーの『トーキョー・アルキ』に
インスパイアされて書かれたものなのか。
ともあれ、なんだか妙にうれしい。

本書の登場人物たちもまた、よく歩く。

ぶらぶら歩いていると、ふと横道へ、
もっと奥へ奥へディープな方へ入っていきたくなる。
なにかあるかなーと歩いていくと、急にさびしい場所に出ちゃったりして。
なんだか途方もない気持ちになる。
それでいて、なんとなく懐かしい。

ひとりになるために街へ出てきたような、
そんな気がしてくる。

気付くともう夕暮れ時で、
そろそろお酒を頂きたくなる。
アルコールの力をかりて、現実をぼやかしたい。
どうにかして、目の前に広がる街を異化させて愉しみたい。
路地の先に行き着いた場所からさらに別の世界へ。

読んでいて、そんな衝動が湧いてくる。

どうやら、いや、やっぱり、
東京はちがう世界とつながれる場所みたいだ。

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by hiziri_1984 | 2012-11-18 17:37 | 瀆書体験  

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