日本最初の「工場萌え」は落伍作家か


ある日の雇い先は、
京浜工業地帯の一画、沿岸にある倉庫だった。

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あたりは巨大な工場と倉庫ばかりで、
大型トラックが行き交う。
倉庫内の休憩所からも工業地帯が望めた。

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自分はいわゆる「工場萌え」と呼ばれる奴で、
工場の姿かたちのかっこよさや
灯りのともった夜の工業地帯のうつくしい様子を見るとうっとりする。
そして、見惚れながら思い出す一節がある。

  ここには、美しくするために加工した美しさが、一切ない。
  美というものの立場から附加えた一本の柱も鉄鋼もなく、
  美しくないという理由によって取去った一本の柱も鋼鉄もない。
  ただ必要なもののみが、必要な場所に置かれた。
  そうして、不要なる物はすべて除かれ、
  必要のみが要求する独自の形が出来上がっているのである。
                          
                        <坂口安吾 『日本文化私観』より>

これはかなりの工場萌え人種がうなずけるのではないかと思う。
かゆいところに手が届いた感じがある。
坂口安吾は、日本最初の「工場萌え」であったのかもしれない。

なるほど、自分が工場に惹かれるのは、
子どもの頃に見た正義のヒーローたちが
ここを舞台に戦いを繰り広げていたからだけでは
なかったのだ。

ちなみに、上記引用文冒頭の「ここ」とは、
小菅刑務所、東京の佃にあったドライアイスの工場、
ある港町に停泊していた無敵駆逐艦のことである。

坂口安吾の「美」に関する考えは続き、

  見たところのスマートだけでは、真に美なる物とはなり得ない。
  すべては、実質の問題だ。
  美しさのための美しさは素直ではなく、
  結局、本当の物ではないのである。

と語った後、

  法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ。
 
と言ってのける思想は痛快だ。
そして、この考え方はさらに文学・小説論へと展開される。

  美は、特に美を意識して成された所からは生れてこない。
  どうしても書かねばならぬこと、書く必要のあること、
  ただ、そのやむべからざる必要にのみ応じて、
  書きつくされなければならぬ。
  《中略》
  そうして、この「やむべからざる実質」がもとめた所の独自の形態が、
  美を生むのだ。

坂口安吾曰く、
これが「散文の精神」であり、「小説の真骨頂」であり、
「あらゆる芸術の大道」であると。

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美はつくるものではなく、生まれるもの。

夢の国の夜のファンタジー、
エレクトリカルパレードに美はなく、
工場にはある。たとえばそんなことか。
(あれは美というよりエンターテインメントか)

そういえば、坂口安吾が言及したのは工場であったけれども、
時代は進んでいまや工業地帯である。

ゴーという機械の唸りを響かせながら、
昼夜を徹して稼動し続ける工場たちはもはや企業の所有物ではなく、
知らぬ間にパイプを張り巡らし、沿岸をどこまでも増殖していくイメージが湧く。
沿岸を埋め尽くすように配管が根を張り、
太い幹の先から胞子をモクモクと撒き散らしているようで、
“都市の自然”とでも言いたくなる。

制御不能になった時の怖ろしさを思ったり、
それから、「こんなでっかいもの作っちまって」という
投げやりな怒りもちょっと湧いたりする。

人がつくったものであるのに、人を寄せつけない。
大きな山を仰ぎ見るときのような畏怖が、そこにはあるような気がする。
(実際に巨大だけれども)

以前、はとバスの川崎の工場夜景を楽しむツアーに参加したことがあって、
そのときは、一般公開されていない場所から夜の工場を見られてよかったけれども、
工場が“見られる対象”になった途端になんだかすこし、味気ない感じもあった。

坂口安吾のいう必要に迫られて天然自然に出来上がった美しさと、
どこか不気味であやしい存在感。

この感じを楽しむには、
夜、ひとりで、もしくは恋人や愛人などと連れ立って
ひっそりと見に行くのがよろしいのではないかと思う。

いまや名所となったけれども、
見に行くならやはり、首都高速神奈川6号川崎線。
それも湾岸線から横羽線へ向かうのがいい。

ここからの夜の眺めを動画にアップしているのを見つけたので、ぜひ。

京浜工業地帯 (2:46)
http://www.youtube.com/watch?v=YH-o8C6ozAU&NR=1&feature=fvwp

すこし前、缶コーヒーBOSSのCMで使われて話題になった。
個人的には、ファイナルファンタジーⅦを思い出す風景でもある。

夜中から明け方にかけての時間帯はクルマはまったくと言っていいほど通らない。
この時間帯であれば、時速10キロくらいでゆっくりと見ることができる。

本当はいけないけれども、
路肩の避難地帯に停車して、クルマを降りて見るのもよいと思う。
自分も久しぶりに行ってみようと思っております。
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by hiziri_1984 | 2012-11-07 22:59 | 瀆書体験  

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