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人に本を薦めるとき

人に本を薦めるのは、むずかしい。

自分から率先して誰かに本を薦めることは、まずない。
話のタネとして、あるいは話の流れの中で、
「何かオススメの本ある?」と
その機会はやってくる。

相手が普段読書をする人ならば話はトントン進むが、
「なんかおもしろいやつ教えてよ」と聞いてくるのは
たいてい普段は読まない人であることが多い。

「どんなのが読みたいの」と聞くと、
「泣けるやつ」とか言う。
「じゃあ、『アルジャーノンに花束を』とかどう?」
「どんなの?」
「幼児の知能をもった男が、かくかくしかじか・・・」と
ネタバレをし過ぎない程度にあらすじを話す。
「へーおもしろそうだね」
「でしょ。有名な作品だから、どこの本屋でもきっと置いてるよ」
「うーん、でもとりあえず日本の作品がいいな」
「じゃ、恩田睦の『光の帝国 常野物語』は?」
「知らない」
「ある不思議な能力を持った一族の話で、例えば、かくかくしかじか・・・」
「おもしろそう。でもファンタジーか~、そういうの苦手なんだよなぁ」
「・・・うーん。じゃあ、内田百聞の『ノラや』は?」
「どんなの?」
「ある老人が愛する猫が突然いなくなって」
「あ、動物ものとかいいね」
「で、ずっとその猫が帰ってくるまでの日記、かな。
 ドキュメントだね。『ノラや』というのも「ノラ」というその猫を探して、
 老人が悲しくて泣きながら、呼ぶときの「ノラや」っていう」
「へー」
「ま、途中から“どんだけ泣くんだよ”って、可笑しくなってくるんだけど」
「え、ダメじゃん。笑っちゃうってことでしょ」
「おれはね。でもそれは読む人次第でしょ」
「えぇー、もっとシリアスなのがいい」
「うーん・・・じゃ、『泣いた赤おに』」
「鬼が泣くの?」
「そう、人間と仲良くなりたい赤鬼がいてね、それを友達の青鬼が」
「それさ、童話じゃないの?」
「そう。絵本だけど」
「ふざけてる?」
「全然ふざけてない。『かわいそうなゾウ』とかいま読んでも感動するよ」
「ちがう。大人向きで、もっとドキドキするカンジのやつ」
「・・・そうか、じゃあ、東野圭吾の…『容疑者Xの献身』とか」
「あ、ヒガシノケイゴって聞いたことある。どんな話?」
「あるアパートに暮らす母子家庭で殺人事件が起こって、かくかくしかじか・・・」
「それ、おもしろそう!」
「映画にもなってるから、読んだあと観るのもいいかもね」
「え!?」
「なに?」
「じゃ、映画観た方が早いじゃん」
「・・・」
「他に泣けるやつは?」
泣きたいのはこっちだ。

相手に悪気はないと分かっていても、
思わず「本屋か図書館へ行け」と言いたくなる。
“タイトルがいい”“装丁がきれい”“作家の名前が自分の名前と同じ”
なんでもいいではないか。
気になった一冊を手に取れば。

むしろ、本屋へ行って本を探すところから
読書する愉しみは始まっていると思う
なんて、もっともらしいことを言っても仕方ないし、
せっかく尋ねてくれたのだから
その人にとって良書となるような一冊を薦めたいという気持ちはある。

その際、やはりできるだけ万人に広く受け入れられているような、
名作と呼ばれる作品がよいだろうという前提で探す。
といって、いきなりドストエフスキーとか夢野久作とか、
ガルシア・マルケスというわけでもないだろうし。
自分が読書に熱中するきっかけとなったSFを紹介しようにも、
SFは好き嫌いが激しい。特に女性の場合は好まないことが多い。
暗い、重い、難しそうといった
とっつきにくい印象のものはできるだけ避けて、
エンタメ度が高い、いわゆるストーリーが楽しめるやつの中から選ぶ。

「村上春樹がいいよ」とか言えれば、分かりやすくてよいのかもしれない。
しかしながら、好きか嫌いかだけで言うと、
自分は村上春樹の作品はあまり好きではないので、お薦めはしづらい。

「よしもとばなな」とか「ポール・オースター」かなぁ、なんて思いつつ、
人に薦めるならコレというものはないだろうかということは
頭の片隅にずーっとあったのだけれども、
このたび、ついにこれぞという一冊が見つかったので申し上げる。

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『三角砂糖 ショートショート20人集』 講談社(昭和61年発行)

複数の作家によるショートショート集。
しかも、その作家陣の顔ぶれたるや豪華多彩である。
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この短編集のおもしろいところは、
いわゆる“三題噺”という縛りがあることだ。
三題噺とは、3つのお題を織り込みながら、ひとつの話をつくる企画のこと。
もともとは落語の世界のもので、
噺家が客席から3つのお題を出してもらって、
即席で話をつくり、演じるというもの。
ちなみに、落語の名作『芝浜』はこの三題噺から生まれたらしい。
(そういえば大学の入試創作テストも三題噺だったな)

落語の場合は、お題を客から出してもらうわけだけれども、
ではこの短編集では誰がお題を出すのかというと、ここがまたおもしろい。

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女優や女性アーティストが出すのである。
こちらも有名どころばかりがズラリ。
今ではベテランとして知られる彼女たちではあるが、
この本が発行された約30年前の当時は、
いまを輝くアイドルや若手女優だったのだろう。

本編の小説もさることながら、
独特のセンスから出される彼女たちのお題を見るのも愉しい。

女性から出されたお題を、男性作家陣たちはどう料理するのか。
色気漂う素敵な企画である。
その昔『ショートショートランド』という文芸誌の企画で、
本作の表紙を描いている、イラストレーターの和田誠が発案したらしい。

ちなみにショートショートというのは、
短編よりもさらに短い、原稿用紙10枚程度の作品である。
これなら、普段本を読むことが少ない人でも、入りやすいだろう。

ショートショートといえば、星新一。
一般的にショートショートはキレのいいオチやアイディアが
作品の肝とされるけれども、本作の場合はちがう。
ジワッとくる情緒的なものもあれば、
フワッと別次元へ連れて行かされるようなおとぎ話もある。
個人的には、野坂昭如、色川武大の作品が好きだった。

ともあれ、「なんかおもしろい本ある?」のアンサーとなる一冊が見つかった。
この作家陣の中から好きなものが見つかれば、
その作家の作品群に入っていけるし、
好みの作家を起点に系統読みへつながれば、なおさらいい。
薦めた甲斐があるというものだ。
読書初心者向けの一冊として、これ以上のものはないという気さえする。

が、ひとつ問題がある。
どうやらこの本、絶版のようなのだ。

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初版は昭和61年、つまり1986年。
amazonで検索したところ、中古販売で10件ほど見つかったけれども、
新品は無く、発行が止まっていて、いまは売り出していないようだ。
ちなみに自分は、青森県弘前市にある古本屋でたまたま見つけた。
偶然ではあるけれども、やっとたどり着いた一冊だけに、
お薦めしたいけど手に入りにくいとは残念で、悔しい。

しかし、こうなったら是が非でも薦めたくて仕方がない。

たとえば、
早見優が出した3つのお題なんて、
「アップル・パイ」「白いベンツ」「ラジカセ」だ。
バブリーでトレンディな時代を生きるアイドルの可憐な女の子感が漂ってくるぞ。
かわいくて、ちょっと笑える。
その一方で、秋吉久美子の「岸辺」「今夜」「小瓶」。
なんだ、この遠まわしだけど、何かを予感させる妙なエロスは。
それに比べて、大山のぶ代の呑気さはなんだ。
「仔豚」「ことわざ」「好奇心」
すごい差だ。

ちなみに秋吉久美子のお題にこたえるのは、村上春樹。
桃井かおりには吉行淳之介、研ナオコには黒井千次である。

作品に登場する女性のイメージを
彼女らの女優像に重ねたりしていて。おもしろい。

薦め甲斐はあるけれども手に入りにくい一冊。
うーん、歯がゆい。

本作でなくとも、
複数の作家による作品集、それもできれば短編集なら
どんなものでもよいのかもしれない。
でも、三題噺というところがいいんだよなぁ。

by hiziri_1984 | 2012-09-29 11:41 | 瀆書体験  

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