JR東海道中暇過ぎて

 宵の入り、帰宅ラッシュとなる駅のホームあるいは電車内で、缶ビールや缶チューハイを飲んでいるおっさんを見る度に「お先に一杯やってまっせ」的なプチ優越感を肴にしている感じがして腹立たしく、まあそんなものを肴にしてはいないにせよ、兎に角、家に着くまで待てねーのかこのアル中野郎と心の中で罵倒していたのだけれども、今回すこしばかり事情を推察してみた。
 おっさん、仕事に疲れて帰宅し、さて一杯ってな具合で食卓につけば、奥さんから安月給をつつかれて、テーブルに出される酒は雀の涙。それでは酔うにも酔えぬ。これじゃあ現実がちっともぼやけない。となれば、仕事を終えて駅のホームにつくなり、缶ビールのプルトップをプシュッと抜く、あるいはワンカップの蓋をカパァッともやりたくなりますぁーな。飲み屋へ行くでもなく、我が家に帰るでもなく、なけなしの小遣いをはたいて、ひとり駅のホームで買って飲む酒はどんな味がするんだろうか。電車を待つおっさんの視線の先には、妻にも娘にも似ても似つかぬ美しい女優が「もう一杯いかが」的微笑でお酌をしている広告看板がでかでかと。それを見つめるかそうでないか、チビチビやるその丸めた背中には哀愁さえ漂う。
 と、ここまで勝手にドラマティックに推察して、自分は切なくなった。心が痛んだ。涙が出てきた。心の中でとは言え、アル中野郎などと罵ったことをおっさんに詫びたくなった。
 がしかし、現実のおっさんはというと、電車に乗ってからも相変わらず飲み続け、いよいよつまみの袋を開封して独特のイカくさい芳香を車内に撒き散らしている。OLさんが怖ろしいほどの眼光の鋭さで睨みつけていることにはまったく気付いていない。俺の推察がどこまで現実に近いのかはようと知れぬけれども、混みあうホームや電車の中で人目も憚らず、否、もし憚っていたとしても、目の前でグビグビやられんのはやっぱりなんか腹立っちゃうな。あ、これはおっさんどうこうというより、そもそもマナーとかやさしさの問題であるな。
 と、話があまりに当たり前で普通の地点へ着地して、間抜けな気分になったところで電車が駅に着いた。おっさんはどうやらまだ降りぬ様子で、ちらっと振り返って見ると、缶の飲み口を舌の上にペシペシと当てて、ちょうど最後の一滴を飲み干そうとするところであった。
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by hiziri_1984 | 2012-08-25 00:41 | 散文  

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