海行ったの? ちがう、ただ歩いて焼けた

ぶらぶら歩くのはいい。
退屈しない。
クルマのように制限がなく、
行きたい道へ行けるし、好きな時に途中で止まれる。
特に、知らない場所を歩くのであればなおいい。
そこが観光地でなくとも。
むしろ観光地化されていない場所の方へ入っていきたくなる。

しかしながら、時に、
歩いていてもいまいち興が乗ってこない、
調子が出ないということもある。
そういう時どうするか。
色々ある。

見たもの聴いたものにいちいち反応する。
「こんなとこに畑!?」「苗字が“三角”って」「公園狭っ」
「この辺、昭和だ」「ここ曲がると、あっ、ここに出るんだぁ」
「ダメな感じのデイリーストアだな」「トマソンあった」

すこし調子が出てきたら、
「阿藤さんちの隣が加藤さん。へえ、じゃ次は佐藤さんって寸法かい」
とか、見たものをきっかけにテキトーにいい加減な落語調でしゃべる。
「ほー、玄関のこのがっちりとした構え。立派ですねぇ」
とか、『渡辺篤史の建もの探訪』っぽく目に付いた民家を紹介する。

それから、“もしもここで生まれてたら”という想定で街を見る。
縁もゆかりもない小学校を仰ぎ見ながら、
「帰ってきたぜ母校」とか言ってみたりして。馬鹿になって。

あと、i-podで音楽を聴きながら歩くのは普通にやる。

写真を撮るというのもある。
気になったものは、なんでもバチバチ撮る。
その際、写真家、photoブロガー、友人知人のFaceBook調などを真似る。
あの人っぽく撮ると多分こうとか、あの人ならこの風景やものを撮るとか。
楽しみ方を真似る。それをもっと増やしたい。

そういえば、今日テレビでチラッと見た、
街を歩きながら他人の家の軒先に植えて(置いて)ある植物を
勝手に鑑賞するという、いとうせいこうの企画はおもしろかった。
あれはやれる。

歩き疲れてきたら、
麦酒なんかをちょっと呑んでまた歩くと、気分も変わる。
その頃にはもう夕方だから、歩きは切り上げて、
誰かを誘って飲みにいっちゃいたいけど、
平日でみんなはまだ働いている。

他にも歩く時のあれこれはあったと思うけれども、
歩きながらやっていることを
こうして座りながら書く(打つ)からなのか、うまく思い起こせない。

こんなことを書いていたら、いまふと、
“教養とは、ひとりで時間をつぶせる技術のことである”
というようなことを中島らもが何かに書いていたのを思い出した。
あれは、何に書いてあったんだっけか。

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i-podをラジオで聴く。
思い出すきっかけづくりに、中島らもの『いいんだぜ』を聴く。

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by hiziri_1984 | 2012-08-18 03:34  

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