人の日記を読む

文芸誌『新潮』の「創る人52人の2011年日記リレー」を読んでいる。
人の日記を読むのは『板尾日記』シリーズ以来だ。

3.11以前以後の創り手・書き手たちの日常・非日常、苦悩や逡巡、能天気が
1週間ごとに交代で書き連ねられていく。
まだ読んでいる途中なのだけれども、
昨年の2月22日に都築響一はTHE BLUE HERBのILL-BOSSTINO氏に
「夜露死苦現代詩」のインタビューを行っていたのか、とか、
昨年の自分の誕生日に野田秀樹は舞台の稽古をしていたのだな、とか
ミーハーに愉しんじゃったりしている。

そんな一方で、ひとつ興味深かったのが、
震災が起こる前の1月に古井由吉が、震災後の6月に柴崎友香が、
奇しくも内田百間の空襲日記『東京焼盡』を読んでいること。
というのは、自分も昨年の8月頃に再読していたからで、
東日本で起こった(ている)ことを映像で見ながら
「ビルとか家ってこんな壊れるんだ」とか
「津波で逃げ遅れて日本で日本人が死んでいる」とか
「放射能でまじでガンになるかも」といった日常がグングン迫ってくる中で、
何気なく手に取ったのが、『東京焼盡』だった。
内田百間の小説をこんな心持で読む時が来るとは思いも寄らなかったし、
以前読んだ時のような、「へぇそうなんだ」というおもしろがり方ではなかった。
本というのは、出版された直後だけがいつも読まれるべき時ではないのだなと再認した。

それから、これを機会に、自分の日記を読み返したりもしていて、
昨年の春頃にYoutubeで『ゴジラ』シリーズばかりを見ていた時期があって、
もともと円谷プロ大ファンだけれども、
今考えれば、なんかちょっとおかしな気分で見ていた気がする。

そんな、発見というか、今になって2011年を振り返ったりする機会ができて、
著しく興味深い感じです。いいっす。
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by hiziri_1984 | 2012-02-14 06:04 | 瀆書体験  

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