『まほろ駅前多田便利軒』


大森立嗣監督の『まほろ駅前多田便利軒』を観た。

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作中、「おせっかい」という言葉が出てくる。

よかれと思ってやったことが、結果として相手に不快を与えたり、
やりすぎたかなと思ったら、案外相手は喜んでくれたり。
人と人の距離感はつかみづらい。
どこまで人の気持ちや生活に踏み込んでよいものかという判断は、むずかしい。

多田(瑛太)が営む便利屋という職業は、
依頼主の知られざる部分に踏み込まざるを得ない仕事である。
じじいの妄想に付き合わされたり、夜逃げに出くわしたり、
絆を失いかけている親子関係を目の当たりにしたり、
仕事を通じて依頼主の光の当たらない(当ててほしくない)ところまで見えてしまうわけだ。

多田は、それら依頼主の私生活に
いちいち口を出すでも手を出すでもなく、
相手のテリトリーに踏み込むことなく、淡々と仕事をこなす。

しかし、そんな多田のスタンスは
同級生の行天(松田龍平)との再会によって、徐々に変わっていく。

この行天という男が、多田と共に仕事をしながら、
夜逃げした家族のもとへわざわざ犬を届けたり、
売春婦の家のドアを修理するついでに
その女をつけまわす男から身を守ってやったり、
ことごとく依頼主の私生活に介入する。
行天は、多田が守っていた境界線を軽々と踏み越えるのだ。
多田はそんな行天を口で否定しつつ、仕方なく手を貸す。

それにしても、30歳の男ふたりの再会というのは、おもしろい設定だ。
このふたりの間には、小学生時代に
“多田が押したせいで、行天あやうく指を切断する事故”という過去がある。
まさに指の皮一枚でつながっているような関係だ。

おそらく、卒業以降、顔を合わせていなかったふたり。
卒業からこれまでのお互いの人生を知らず、
またそこに踏み込もうとしないし、あまり踏み込んでほしくないとも思っている。
でも、まぁ、それなりに楽しく付き合える。
(こういう関係は、男特有の感じなのかもしれない)

ところが、思わぬところでふたりの過去が露になる。
アニメ 『フランダースの犬』の最終回についてふたりが語り合う場面。
あの有名な、ネロの「ぼく、もう眠いや」のシーンである。

行天は、自分のいちばん好きなもの(ルーベンスの絵)のもとで、
大切な者(パトラッシュ)とともに天に召されるのだから
「しあわせだ(ハッピーエンドだ)」と言う。
一方、多田は「子どもが死んで、なぜしあわせ(ハッピーエンド)なんだ」と言い返す。

かつて自分の親を殺そうとしたことがあるという過去を持つ行天は、
ネロに少年時代の自分自身を投影している。
多田はネロに幼くして亡くしてしまった我が子を投影している。
ここでやっと、30歳の男ふたりが抱える、それぞれの人生の暗部に光があたる。
(ここを回想シーンにするのではなく、いま現在の語りに過去が噴出するという描き方がいい)

過去の過ち・失敗を乗り越え、再生の道を模索するふたりが
再生の先に求めるものは、「しあわせ」な生活に他ならない。

それは、多田と行天だけではない。地元・まほろで生きる男たちも同じだ。
街のヒーローになりたかった刑事。
売春婦に熱を上げるチンピラ。
都市公団的ニュータウンで親の愛を知らぬまま育つ少年。
若くしてどこか虚無的な裏街のドン。
権力にどこまでも弱い小市民のおっさん。
わが子を背負いながら働く弁当屋の兄さん。
皆、同じである。

そんな中で「俺、もう30過ぎたし、このままずっとダメな感じで生きていくのかも」から
「それでもまあ、なんとかやっていくか」というところへ向かう
ふたりの心の経過が淡々と描かれる。

この作品が良いのは、
「それでもまあ、なんとかやっていくか」というところに至るまでを
ストーリーとしてでなく、一瞬一瞬の心の変化の積み重ねとして
丁寧に描かれていること、だと思う。

それは原作が小説であることにも因るかもしれない。
原作を読んだことはないけれども、監督が原作からインスパイアされたことを、
小説内のセリフや人物造型だけに頼らず、
映像として新たに表現しようと挑んでいると思った。

「しあわせって何?」みたいな、人生に関する問いについて
失敗と挫折を経て、男たちが再び模索する
そのプロセスがおもしろいからおもしろい。

多田と行天は喪失感を引きずり、再びつまずくことに怖れながらも、
面倒くさいけど他人の人生と関わりながら、さらに一歩踏み込みながら、
それぞれ今まで歩んできた道と地続きのしあわせに向かって進んでいく。

もちろん、具体的に「しあわせって何」に対する答えは出ない。
そのプロセスこそがこの映画のおもしろさであり、人生そのものなのだ、と思わせる。

“都会ではないけど田舎とも言えない”
“海から遠いが山間部でもない”
“部屋の隅にたまる埃”のように、ヒトが流れ着く街・まほろ。
そんな中途半端な街だからこそ、そこで生きていく男たちの苦悩と逞しさが際立つ。
「明日からできる、現代の男のかっこいい生き方」のようなものを感じた。

とてもいい映画体験でした。
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by hiziri_1984 | 2011-05-05 23:58 | 映画館で観る  

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