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津軽のビート

東北、夏のエレクトリカルパレード。

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8月15日、鯵ケ沢駅前にて、ねぶたのお披露目。

太鼓の音が町中に響き渡り、
闇夜にひと際明るく舞うねぶた。

それを撮りました。
http://www.youtube.com/watch?v=XljWoUwPabY

男が太鼓を叩き、女が笛を吹く。

腹の底から興奮が湧いてくるような、凄まじい律動。
思わず踊り跳ねたくなる、澄んだ音色。

来年も行こう。
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by hiziri_1984 | 2012-09-30 17:48 | 西津軽探訪記(2012.8.15)  

人に本を薦めるとき

人に本を薦めるのは、むずかしい。

自分から率先して誰かに本を薦めることは、まずない。
話のタネとして、あるいは話の流れの中で、
「何かオススメの本ある?」と
その機会はやってくる。

相手が普段読書をする人ならば話はトントン進むが、
「なんかおもしろいやつ教えてよ」と聞いてくるのは
たいてい普段は読まない人であることが多い。

「どんなのが読みたいの」と聞くと、
「泣けるやつ」とか言う。
「じゃあ、『アルジャーノンに花束を』とかどう?」
「どんなの?」
「幼児の知能をもった男が、かくかくしかじか・・・」と
ネタバレをし過ぎない程度にあらすじを話す。
「へーおもしろそうだね」
「でしょ。有名な作品だから、どこの本屋でもきっと置いてるよ」
「うーん、でもとりあえず日本の作品がいいな」
「じゃ、恩田睦の『光の帝国 常野物語』は?」
「知らない」
「ある不思議な能力を持った一族の話で、例えば、かくかくしかじか・・・」
「おもしろそう。でもファンタジーか~、そういうの苦手なんだよなぁ」
「・・・うーん。じゃあ、内田百聞の『ノラや』は?」
「どんなの?」
「ある老人が愛する猫が突然いなくなって」
「あ、動物ものとかいいね」
「で、ずっとその猫が帰ってくるまでの日記、かな。
 ドキュメントだね。『ノラや』というのも「ノラ」というその猫を探して、
 老人が悲しくて泣きながら、呼ぶときの「ノラや」っていう」
「へー」
「ま、途中から“どんだけ泣くんだよ”って、可笑しくなってくるんだけど」
「え、ダメじゃん。笑っちゃうってことでしょ」
「おれはね。でもそれは読む人次第でしょ」
「えぇー、もっとシリアスなのがいい」
「うーん・・・じゃ、『泣いた赤おに』」
「鬼が泣くの?」
「そう、人間と仲良くなりたい赤鬼がいてね、それを友達の青鬼が」
「それさ、童話じゃないの?」
「そう。絵本だけど」
「ふざけてる?」
「全然ふざけてない。『かわいそうなゾウ』とかいま読んでも感動するよ」
「ちがう。大人向きで、もっとドキドキするカンジのやつ」
「・・・そうか、じゃあ、東野圭吾の…『容疑者Xの献身』とか」
「あ、ヒガシノケイゴって聞いたことある。どんな話?」
「あるアパートに暮らす母子家庭で殺人事件が起こって、かくかくしかじか・・・」
「それ、おもしろそう!」
「映画にもなってるから、読んだあと観るのもいいかもね」
「え!?」
「なに?」
「じゃ、映画観た方が早いじゃん」
「・・・」
「他に泣けるやつは?」
泣きたいのはこっちだ。

相手に悪気はないと分かっていても、
思わず「本屋か図書館へ行け」と言いたくなる。
“タイトルがいい”“装丁がきれい”“作家の名前が自分の名前と同じ”
なんでもいいではないか。
気になった一冊を手に取れば。

むしろ、本屋へ行って本を探すところから
読書する愉しみは始まっていると思う
なんて、もっともらしいことを言っても仕方ないし、
せっかく尋ねてくれたのだから
その人にとって良書となるような一冊を薦めたいという気持ちはある。

その際、やはりできるだけ万人に広く受け入れられているような、
名作と呼ばれる作品がよいだろうという前提で探す。
といって、いきなりドストエフスキーとか夢野久作とか、
ガルシア・マルケスというわけでもないだろうし。
自分が読書に熱中するきっかけとなったSFを紹介しようにも、
SFは好き嫌いが激しい。特に女性の場合は好まないことが多い。
暗い、重い、難しそうといった
とっつきにくい印象のものはできるだけ避けて、
エンタメ度が高い、いわゆるストーリーが楽しめるやつの中から選ぶ。

「村上春樹がいいよ」とか言えれば、分かりやすくてよいのかもしれない。
しかしながら、好きか嫌いかだけで言うと、
自分は村上春樹の作品はあまり好きではないので、お薦めはしづらい。

「よしもとばなな」とか「ポール・オースター」かなぁ、なんて思いつつ、
人に薦めるならコレというものはないだろうかということは
頭の片隅にずーっとあったのだけれども、
このたび、ついにこれぞという一冊が見つかったので申し上げる。

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『三角砂糖 ショートショート20人集』 講談社(昭和61年発行)

複数の作家によるショートショート集。
しかも、その作家陣の顔ぶれたるや豪華多彩である。
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この短編集のおもしろいところは、
いわゆる“三題噺”という縛りがあることだ。
三題噺とは、3つのお題を織り込みながら、ひとつの話をつくる企画のこと。
もともとは落語の世界のもので、
噺家が客席から3つのお題を出してもらって、
即席で話をつくり、演じるというもの。
ちなみに、落語の名作『芝浜』はこの三題噺から生まれたらしい。
(そういえば大学の入試創作テストも三題噺だったな)

落語の場合は、お題を客から出してもらうわけだけれども、
ではこの短編集では誰がお題を出すのかというと、ここがまたおもしろい。

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女優や女性アーティストが出すのである。
こちらも有名どころばかりがズラリ。
今ではベテランとして知られる彼女たちではあるが、
この本が発行された約30年前の当時は、
いまを輝くアイドルや若手女優だったのだろう。

本編の小説もさることながら、
独特のセンスから出される彼女たちのお題を見るのも愉しい。

女性から出されたお題を、男性作家陣たちはどう料理するのか。
色気漂う素敵な企画である。
その昔『ショートショートランド』という文芸誌の企画で、
本作の表紙を描いている、イラストレーターの和田誠が発案したらしい。

ちなみにショートショートというのは、
短編よりもさらに短い、原稿用紙10枚程度の作品である。
これなら、普段本を読むことが少ない人でも、入りやすいだろう。

ショートショートといえば、星新一。
一般的にショートショートはキレのいいオチやアイディアが
作品の肝とされるけれども、本作の場合はちがう。
ジワッとくる情緒的なものもあれば、
フワッと別次元へ連れて行かされるようなおとぎ話もある。
個人的には、野坂昭如、色川武大の作品が好きだった。

ともあれ、「なんかおもしろい本ある?」のアンサーとなる一冊が見つかった。
この作家陣の中から好きなものが見つかれば、
その作家の作品群に入っていけるし、
好みの作家を起点に系統読みへつながれば、なおさらいい。
薦めた甲斐があるというものだ。
読書初心者向けの一冊として、これ以上のものはないという気さえする。

が、ひとつ問題がある。
どうやらこの本、絶版のようなのだ。

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初版は昭和61年、つまり1986年。
amazonで検索したところ、中古販売で10件ほど見つかったけれども、
新品は無く、発行が止まっていて、いまは売り出していないようだ。
ちなみに自分は、青森県弘前市にある古本屋でたまたま見つけた。
偶然ではあるけれども、やっとたどり着いた一冊だけに、
お薦めしたいけど手に入りにくいとは残念で、悔しい。

しかし、こうなったら是が非でも薦めたくて仕方がない。

たとえば、
早見優が出した3つのお題なんて、
「アップル・パイ」「白いベンツ」「ラジカセ」だ。
バブリーでトレンディな時代を生きるアイドルの可憐な女の子感が漂ってくるぞ。
かわいくて、ちょっと笑える。
その一方で、秋吉久美子の「岸辺」「今夜」「小瓶」。
なんだ、この遠まわしだけど、何かを予感させる妙なエロスは。
それに比べて、大山のぶ代の呑気さはなんだ。
「仔豚」「ことわざ」「好奇心」
すごい差だ。

ちなみに秋吉久美子のお題にこたえるのは、村上春樹。
桃井かおりには吉行淳之介、研ナオコには黒井千次である。

作品に登場する女性のイメージを
彼女らの女優像に重ねたりしていて。おもしろい。

薦め甲斐はあるけれども手に入りにくい一冊。
うーん、歯がゆい。

本作でなくとも、
複数の作家による作品集、それもできれば短編集なら
どんなものでもよいのかもしれない。
でも、三題噺というところがいいんだよなぁ。

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by hiziri_1984 | 2012-09-29 11:41 | 瀆書体験  

緑と青ばかりの風景

この夏、青森県西津軽郡にある鰺ヶ沢町へ帰省した。

岩木山・岩木山神社を巡ったあとの帰り道、
僕だけ、とある集落でクルマから降りて、
歩いて帰ることにした。町まで約1時間ほどの道のり。

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このあたり。

気温はおそらく30°を越えている。
ただ、横浜とはちがいジメっと肌にまとわりつく感じはない。
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前日の大雨のせいで、
川は濁っていた。
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日本海に注ぐこの中村川を辿って行けば、
そのうち町へ着く。迷うことはない。

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田を見ると、ところどころ苗がそよぐ。
風の動きが分かる。
駆けていくように、生き物みたいに、風が見えておもしろい。

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しばらく歩くと、町が見えてきた。
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暑い。滝のように汗が流れる。肌が焦げる。
振り返ると、緑と青ばかり。
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帰って、冷えたビールを飲みました。
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by hiziri_1984 | 2012-09-28 14:53 | 西津軽探訪記(2012.8.15)  

稲みたいな梨みたいな

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“なにも書くものがない?
 空を書け。
 ひとつとして同じ空はない。”

言ってくれるね。

2012.9.27 港南台3丁目から見る西の夕空

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by hiziri_1984 | 2012-09-27 20:44  

岩木山麓のつめた~い水

この夏、青森県西津軽郡鯵ケ沢町を訪れたときのこと。

岩木山神社は、
山を神と奉る神社らしく
水が清らかに流れるところだった。
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参道の脇を水が流れる。

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手水舎はこんなカンジで、水の勢いが激しい。

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いい水の流れにタッチすると、澄むな。
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by hiziri_1984 | 2012-09-24 00:57 | 西津軽探訪記(2012.8.15)  

岩木山神社へ参る


この夏のお盆は、父方の実家がある
青森県西津軽郡鯵ケ沢町へ。私の「田舎」。3年ぶりである。

岩木山へ上った後、岩木山神社へ。
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鳥居から参道、見上げた先にはご神体であらせられる岩木山が
まさに「山」という姿かたちでドーンといらっしゃるので御座います。

参道から本殿、岩木山の頂上までが
まるで一直線につながっている。
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この直線上に立つと、
自分の脳天から眉間、喉ぼとけ、へそを通って、
参道、山頂までがひとつにつながったようで、
神聖なきもちになる。背筋が伸びる。
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社殿にたどり着く前にここで拝みたくなるような
畏れ多き御山さまというスケール感が味わえる。
そして、山のふもとの神社らしい
勾配のある参道を汗をふきふき、のぼる。
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堂々とした構えの朱塗りの楼門。
お屋根に地上から支え棒をかましているのは初めて見た。
瓦が重すぎたのか。雪が積もるからなのか。

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上がると、こんな格好で狛犬が隠れていた。
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楼門をくぐって拝殿に到着。
後ろを振り返るとこんな感じ。
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鳥居からけっこう歩いたんだな。
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by hiziri_1984 | 2012-09-19 19:35 | 西津軽探訪記(2012.8.15)  

“人物のスケッチ”って何だ

部屋の整理をしていたら、
大学の頃に書いた散文やら何やらがごそっと出てきた。
たとえば、こんなの。

タイトル
男になるんだよ、おれは

 男子としてオギャーとこの世に生を受けたからには、やはり人生において男らしいことをしていきたいものだと思う。
 男らしさを十二分に発揮してこそ、男として胸を張って世間を歩けるというものであり、また、「あの人、ええ男っぷりやわぁ。うち、あんな人好っきゃわぁ。もうお連れさんは居てはるんやろかぁ」「ちょっとあの人見たってぇー。肩の風切り具合がいなせやんかいな。甲斐性ありそうで、よろしおすなぁ」と、婦女子方の心をグッと掴んでこそ、男人生冥利に尽きると言えるのではないか。
 では、男らしさを発揮する行為・言動とは何かと問うてみるに、その最たるもののひとつが、自分は「断言」だと思う。揺らぐことのない意志をもって、自分の思うところをここぞという場面でバシッと言い切る。古くは、曹操、ナポレオン、織田信長、ドン・キホーテ、坂本龍馬、チェ・ゲバラ、遠山の金さんエトセトラ、時代のど真ん中を生きた英傑たちは、ここぞの断言をもってして次代を切り拓き、それゆえにその雄姿が後世にまで語り継がれ、憧れの男としていまなお人々を魅了してやまぬのである。自信と力強さ。いざという時に頼れるカンジ。これである。草食系やゆとり世代など、風が吹こうもんならパタリ倒れてしまうような、ヒョロヒョロの精神のメンズが巷に溢れる昨今。経験と知識、そして次代を読む勘に裏打ちされた一言を発する、物申すことこそ、男に生きる醍醐味であり、また、その自信に満ちた姿が婦女子の心をグッと惹きつけるにちがいないのである。
 また、断言するということは責任を負うということでもある。重要な会議やプレゼンでバシっと断言することで、プロジェクトを前に推し進め、ビジネスのイニシアティブをとる。そうして、勝ち組やらエグゼクティブなどと言われる人々が、そのポジションにのぼりつめているであろうことは容易察しがつくというものである。いま成功するために必要なのは、当世風に言えば「断言力」。これによって我が人生をガンガン切り拓いていき、自分もまた時代のど真ん中を生きることができるのだ。
 そういうわけで、自分はどんどん断言することを決意。日々これを実践していくことにした。したぜ。
 思い立って数日、そんな志の高さが天に届いたのだろうか。ありがたいことに早速、断言をかます機会に恵まれた。運気がうまくまわり始めるとはこのこと。これから自分の人生は勝ちのスパイラルに突入するにちがいない。本日はまさしく我が人生の転機。というわけで自分は断言するにふさわしい服装に身なりを整え、威風堂々意気揚々、3対3の合コンに出かけた。


書き直して掲載してみました。
たしか「人物のスケッチをせよ」というゼミの課題だった。
人物のスケッチって何だよと思ったけど。
当時自分は、
“真面目に考え一生懸命に生きているんだけど、
 きっと考えが足りない、どこか抜けている、的がすこしズレている
 ゆえに毎日が思うようにいかない。
 けど、キュートな奴”
というような人を書きたくて書いたんだった。

ゼミの人たちは皆、三人称で書いてきていた記憶がある。
“男として立派になりたい”という決意、
でもその実践の場が合コンかよ、というマヌケっぷり。
「この文章、いかかでしょうか?」という私の問いに皆戸惑い、
ゼミ室がシーンとなったことだけは今でもはっきりと覚えている。
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by hiziri_1984 | 2012-09-11 23:55 | 散文  

つめた~い頭痛

父方の実家がある、青森県西津軽郡鯵ケ沢町を訪れた。
今から約一ヶ月前、お盆の頃である。

岩木山にのぼり、その次は岩木山神社へ。
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なにせ暑い。
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瓶コーラもいいけれど、ここは名物アイスを。
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焦点を背景の石畳に合わせるという間抜けっぷり。

一見、ジェラートを思わせるが、
その味は、薄いバニラにメロンの果汁を加えたようなさっぱり風味で、
こまかーい氷の粒が集まってできたシャーベットというカンジ。
一息に食べると、カキ氷を一気食いした時と同じところが痛くなる。
最近はフルーツ味もあるようだ。
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売り子は決まっておばちゃんである。ブルーの屋台に白いパラソルが爽やかだ。
五所川原駅前、千畳敷海岸などでも売っているのを見たことがある。
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「カランカランアイス」とか「チリンチリンアイス」とか、
おそらく売る時に鳴らす鐘や鈴からとって、
そんな名前にしているのだろうけれども、
正式名称はあるのかどうか。

そもそもこのアイスは、青森県、あるいは
青森県のこの地方だけの名物なのだろうか。
他の場所で見かけたことはない。

同伴の父に尋ねても「私が子どもの頃からある」というだけ。
そういえば、原材料もよくわからない。
父曰く、昔はサッカリンを使っていたのではないか、ということだ。
砂糖が貴重で、高価だった頃の話。
発ガン性物質であることが判明した今は
もちろん使用していないだろうけれども、
ではいまは何を素に作っているんだろうか。

と考えているうちに、完食。
こめかみが軽くキーンとつめたく痛くなったところで、
岩木山神社に詣でる。
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by hiziri_1984 | 2012-09-10 23:58 | 西津軽探訪記(2012.8.15)  

それでも待ってる 夏休み

この夏、父の生まれ故郷である青森県西津軽郡鯵ケ沢町を訪れた。

ふるさとに帰り、生まれ育った土地の人や空気に触れると、
平生にはない張り合いや元気が湧いてくるようで、
いつもは助手席でふんぞり返っている父が
張り切って自分から運転するのもそのせいだろうと思われる。

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帰省2日目。
岩木山を下りて、次は岩木山神社へ向かった。
空と山と村と田畑が、どこまでもつづく。
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ロードサイドには観光客向けに
すいか、メロン、とうもろこしなどを販売するお店が点在している。
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ちなみに、ここ青森県西津軽では、とうもろこしのことを「黄味(きみ)」と呼ぶ。
“黄色い味”はこの時季、驚くほど甘くてジューシーだ。

岩木山神社までは、まだしばらく走る。
後部座席は視界が窮屈なので、すこし飽きてきた。

時速50キロで走りながら風に手をあてると、
その風圧によって女性の乳房を掴む擬似体験ができる。
というのを昔観た映画でやっていたのを思い出し、試してみた。
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そう言われてみれば、そのような感じがしないでもない。
時速80キロで走っているからCカップくらい、なのだろうか。
指先をうねうねしてみたりしたが、実感には遠い。
父にスピードを上げてくれと言うわけにもいかず、
というか家族ドライブ中に破廉恥なので、あきらめて手を引っ込めた。

車中には、父セレクトの70年代フォークが流れており、
クルマはやや飛ばし気味でスイスイ進む。
「それでも待ってる 夏休み~♪」つって。
http://www.youtube.com/watch?v=vj9aYHS8Kn8
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by hiziri_1984 | 2012-09-07 15:19 | 西津軽探訪記(2012.8.15)  

20年前、岩木山で

この夏、3年ぶりに青森県西津軽郡鯵ケ沢町を訪れた。
ここは父の故郷で、いまも祖母が元気に暮らしている。

帰省2日目、岩木山へ行った。
岩木山の麓と八合目をつなぐ津軽岩木スカイラインには、
69ものカーブがある。
これをくねくねと曲がりながら、のぼらなければならない。
必然、下るときも曲がる。
だから、行きと帰りであわせて138回もカーブを曲る。
クルマ酔いせずにいるのは難しい。

岩木山に来るのはこれが初めてではない。
昔、小学校低学年の頃にのぼったことがある。
その時も、クルマだった。

当時、我が家の自家用車はトヨタのクラウンで、
父はしきりに「V8が唸る」という
おそらくCMのナレーションかなんかなのだろう、
それを馬鹿のひとつ覚えみたいに繰り返し口にしながら、
V8エンジンの馬力を楽しむようにアクセルペダルを必要以上に踏み込んで、
坂道のカーブをグングンのぼっていったような気がする。

8合目に着いた。
当時は8合目にドライブインがあって、
そこでソフトクリームかなんかを食べたんじゃないか。

で、8合目からの壮観な眺め。
これが不思議なことに、ぼんやりとした風景を見た記憶しかない。
山、田、村、一つひとつの輪郭がぼやけて
緑の濃淡でできた抽象画のような景色。

それというのも、あまりに昔のことだし、
おそらく父の荒い運転のせいで自分はクルマ酔いしていたはずだから、
景色を眺めるどころではなかったと思うし、
それゆえに8合目からの眺めを
ぼんやりとしか覚えていないんだろうと思っていた。

が、ちがった。そうじゃなかった。
ということを、今さっきフッと思い出した。

あの時、自分は本当に
8合目の景色がぼんやりとしか見えていなかったのだ。

当時、小学1・2年生。
買ってもらったばかりのファミコンに熱中していて、
自分の視力はガタ落ちしていた。
(のち、小学3年生からメガネをかけることになる)

自分の席から黒板の文字が見えなくなっていたことで、
視力の低下を自認していた自分は、
“ファミコンのやりすぎで視力が落ちた”という事実を
両親に隠していた。
なぜかというと、それを知られるとまちがいなく父に怒られるから。
拳骨を食らうから。

だからあの時、同伴の父や従兄弟が景色を楽しむのと一緒になって、
自分もちゃんと見えている態で、「すごいなー」とか言っていたような気がする。
本当は緑の抽象画しか見えていないのに。

一緒に来ていた年上の従兄弟の
「見てみろ、おばあちゃんがこっち向いて手を振ってるぞ」という一言に
「え!本当に見えるのだろうか。目がいいと見えるのだろうか。
 いやそんなはずはない。これはシャレだ」
と内心ハラハラしながら緑の抽象画に目をこらして「え、どこどこ」と返して、
従兄弟たちは「そんなわけねーだろ。アハハハ」みたいな。
からかわれる苛立ちなんかより、
見えていないことがバレる恐怖に意識が集中していた。
岩木山まで行って、何してたんだろう・・・。
そして、肝っ玉の小ささと嘘で誤魔化す癖は、いまも変わっていない。

久石譲の『Summer』を聴きながら書いていたら、
いつのまにか懐古的になって、思わず記憶がよみがえった。

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久しぶりに故郷に帰って上機嫌な父は、自分から率先して運転。
おかげで、20年前と同じように、
くねくね曲がる岩木スカイラインで自分はクルマ酔いした。

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by hiziri_1984 | 2012-09-06 19:25 | 西津軽探訪記(2012.8.15)