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津軽の海

私の田舎は、青森県西津軽郡鯵ケ沢町というところです。
この夏、3年ぶりにお盆帰省しました。
横浜からクルマでひたすら北上し、約10時間かけて到着。
来てみれば、相変わらずのどかな風景が広がっていて、
なんだかほっとしました。

鯵ヶ沢は、西津軽地方では、弘前や五所川原などに並ぶ要所。
背に山、脇に川、目の前には海が広がる自然豊かな土地で、
夏は海水浴、冬はスキーで賑わうちょっとしたレジャースポットです。

着いて早速、海へ行きました。

彼方に北海道を望む、日本海。
カモメもたそがれる夕暮れどき。
湘南とは反対方向、海に向かって左側に日が沈みます。
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魚がエサを求めて活発になるまずめどき。
釣り糸を垂らしたいのを今日はグッとこらえて、
同伴の親族にあれこれ指示しながら、青春カットを撮影。
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翌日以降の釣行に思いをたぎらせながら、
夕景を全身で浴びて、その日は帰宅しました。
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晩酌では深浦で獲れたヤリイカを肴に
津軽の地酒・安東水軍を頂きました。
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by hiziri_1984 | 2012-08-31 01:21 | 西津軽探訪記(2012.8.15)  

そらコレSummer

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自宅前から北を望む。

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自宅前から東を望む。

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上大岡方面の友人宅前より。

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新横浜あたり。急にクルマがフレームインしてきて、エコカーのイメージ画みたいに。

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王子あたり。

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東北自動車道 小坂PAあたり。向こうは岩手。

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自宅前からの夕景。

夏空の雲には迫力がある。
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by hiziri_1984 | 2012-08-29 11:35  

檸檬の流儀

過日、王子あたりをぶらついた。

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梶井基次郎の『檸檬』に次のような一節がある。

 何故だか其頃私は見すぼらしくて美しいものに
 強くひきつけられたのを覚えている。
 風景にしても壊れかかった街だとか、
 その街にしても他処他処(よそよそ)しい表通りよりも
 どこか親しみのある、汚い洗濯物が干してあったり、
 がらくたが転してあったり
 むさくるしい部屋が覗いていたりする裏通りが好きであった。
 雨や風が蝕んでやがて土に帰ってしまう、
 と云ったような趣きのある街で、
 土塀が崩れていたり屋竝が傾きかかっていたり―
 勢いのいいのは植物だけで、
 時とするとびっくりさせるような向日葵があったり
 カンナが咲いていたりする。
 時どき私はそんな路を歩きながら、
 ふと、其処が京都ではなくて
 京都から何百里も離れた仙台とか長崎―
 そのような市(まち)へ今日自分が来ているのだ―
 という錯覚を起そうと努める。

この文章を読んだとき、
“あ、自分と同じようなことを思ったり、考えたりする人がいる”
と思った。僭越ながら。

この一節は、実は『檸檬』そのものを読んだのではなく、
漫画家・つげ義春の一作に引用されているのを見つけたのだった。

それは『近所の景色』という作品で、
うらぶれた集落の風景を描写した写実的な絵に
上記の一節が添えられており、その後で、

 私は梶井のこの繊細な感覚が好きだ。
 これは梶井の存在の不確かさに揺れ動く不安な心をみごとに表している。

という一言を主人公に語らせる。

自分が裏通りや陽の当たらない通りを行きたくなる気分が
『檸檬』の一節に書き表されている感動と、
その気分がつげ義春の影の濃い作品世界で
いきいきと息づいているおもしろさ。

自分と似たような感覚を見つけるというのは、
読書する愉しさのひとつであるし、
(それは読書だけに限らないけれども)
なにより、阿呆な我が身が肯定されているようでうれしい。

特に行く当てもなくぶらぶら歩いていると、
檸檬の気分が向こうからやってくる。

いつもそうというわけではないけれども、
その気分と街の景色とがシンクロし出すと、
ひとりでいる時間がすこし充実する。
檸檬の調子に乗って歩いていける。
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by hiziri_1984 | 2012-08-28 00:09 | 瀆書体験  

 猛スピードでインコが

 先日買ったばかりのまだ幼いセキセイインコが檻の中で苦しそうに首をぐいぐい伸ばしたり縮めたりしているので、どうしたのかとくちばしを開けて覗いてみると、エサの殻が上手く吐き出せずに喉のところに詰まってしまっている。このままでは呼吸困難で死んでしまう。とりあえず水を飲ませようとするがくちばしを固く閉ざして、いうことをきかない。それならばピンセットを使って取り出してやろうとするが大きすぎて口に入らない。次に爪楊枝を使おうとしたが口の中を傷つけてしまう恐れがあるので断念した。インコの方は段々衰弱していくようである。どうしたものか考えているうち、ふと、人が喉に餅を詰まらせた時、口に掃除機の筒を突っ込み、その吸引力で餅を取り出すという緊急措置があったのを思い出し、この際試してみることにした。
 掃除機のスイッチをONにした瞬間、しゅぼっ、という小気味のよい音をたててインコは筒の中へ吸い込まれてしまった。
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by hiziri_1984 | 2012-08-26 23:34 | 散文  

JR東海道中暇過ぎて

 宵の入り、帰宅ラッシュとなる駅のホームあるいは電車内で、缶ビールや缶チューハイを飲んでいるおっさんを見る度に「お先に一杯やってまっせ」的なプチ優越感を肴にしている感じがして腹立たしく、まあそんなものを肴にしてはいないにせよ、兎に角、家に着くまで待てねーのかこのアル中野郎と心の中で罵倒していたのだけれども、今回すこしばかり事情を推察してみた。
 おっさん、仕事に疲れて帰宅し、さて一杯ってな具合で食卓につけば、奥さんから安月給をつつかれて、テーブルに出される酒は雀の涙。それでは酔うにも酔えぬ。これじゃあ現実がちっともぼやけない。となれば、仕事を終えて駅のホームにつくなり、缶ビールのプルトップをプシュッと抜く、あるいはワンカップの蓋をカパァッともやりたくなりますぁーな。飲み屋へ行くでもなく、我が家に帰るでもなく、なけなしの小遣いをはたいて、ひとり駅のホームで買って飲む酒はどんな味がするんだろうか。電車を待つおっさんの視線の先には、妻にも娘にも似ても似つかぬ美しい女優が「もう一杯いかが」的微笑でお酌をしている広告看板がでかでかと。それを見つめるかそうでないか、チビチビやるその丸めた背中には哀愁さえ漂う。
 と、ここまで勝手にドラマティックに推察して、自分は切なくなった。心が痛んだ。涙が出てきた。心の中でとは言え、アル中野郎などと罵ったことをおっさんに詫びたくなった。
 がしかし、現実のおっさんはというと、電車に乗ってからも相変わらず飲み続け、いよいよつまみの袋を開封して独特のイカくさい芳香を車内に撒き散らしている。OLさんが怖ろしいほどの眼光の鋭さで睨みつけていることにはまったく気付いていない。俺の推察がどこまで現実に近いのかはようと知れぬけれども、混みあうホームや電車の中で人目も憚らず、否、もし憚っていたとしても、目の前でグビグビやられんのはやっぱりなんか腹立っちゃうな。あ、これはおっさんどうこうというより、そもそもマナーとかやさしさの問題であるな。
 と、話があまりに当たり前で普通の地点へ着地して、間抜けな気分になったところで電車が駅に着いた。おっさんはどうやらまだ降りぬ様子で、ちらっと振り返って見ると、缶の飲み口を舌の上にペシペシと当てて、ちょうど最後の一滴を飲み干そうとするところであった。
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by hiziri_1984 | 2012-08-25 00:41 | 散文  

鉄筋コンクリートセンチメンタル

過日、約8年ぶりに赤羽台団地を訪れた。

奥へ奥へ進むと、
まるでマンモス校の校舎のような団地に行き当たる。
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住人はだいぶ前に立ち退いたらしく、
生活の音や匂い、温度といったものがなにひとつない。
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ここに誰かがいた痕跡が、不在感を余計に際立たせていて。
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みな今はどこで暮らしているんだろう、と思ったりしながら。
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変わらずに元気なのは花や草ばかりであったりする。
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急にザーッと雨が降ってきたので、軒下へ。
黒いシミだらけの団地を見ながら、
濡れた壁にじわりと雨が染み込んで、
ゆっくりと鉄筋が錆び、コンクリートが腐蝕していく。
そんな様子を思い浮かべて、しばらく呆けた。
一方で、こんな場所でもきちんと時が流れているということが、
変な、可笑しいことのようにも感じられた。

やがて解体されると決まっている建物と
人や人の生活と断ち切られた空間。
寂しい場所なのに、妙になつかしい。不思議だ。
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次来るときはもう、ニュータウン的な街並みに生まれ変わっているのかな、つって
すこししゅんとして坂を下り、駅の方へ戻った。
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by hiziri_1984 | 2012-08-24 23:39 | 赤羽台団地徒歩記(2012.7.8)  

しずかな名店街

過日、久方ぶりに赤羽台団地を訪れた。

奥へ進み、団地の一階部分が商店街になっている辺りへ。

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ほとんどのお店にシャッターが下りているなか、
営業中だったのは酒屋さん。おばちゃんは元気であった。

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スピーカーから、J-popのメロディーを簡略化して
エレクトーンで流す有線放送が響いていて。
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新しい街の建設計画は着々と進んでいるらしかった。
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by hiziri_1984 | 2012-08-23 23:37 | 赤羽台団地徒歩記(2012.7.8)  

赤羽を辿る

過日、久しぶりに赤羽台団地を訪れた。

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久しぶりといっても、どれくらい前だったか。

横浜市南部にある地元・港南台から京浜東北線に乗って南浦和まで行き、
さらにそこから武蔵野線に乗り換えて
所沢にある大学まで通学していた頃だから、
当時は19か20歳。今から、8年9年も前のことになる。

たしかその日、大学まで行く気が失せて、授業をサボり、
なんとなく途中駅の赤羽に降りたんだった。

なんで赤羽だったか。
数日前に王子に住む大学の友人と赤羽で飲んだからかもしれない。
それから、これはいまさっき思い出したのだけれども、
昔からファンであるエレファントカシマシの宮本氏が
赤羽の出身で以前団地暮らしをしていた、
というようなことを「トップランナー」かなにかで
話していたのをなんとなく覚えており、
「赤羽」「エレカシ」「団地」というキーワードが頭に残っていて。
それで、なんとなく赤羽で降りて、ぶらぶら歩いていたら、
視線の先に高台に立つ団地があって、
これはなんかありそうつって行ってみたんだった。
そうだった。

文学的な気分が漂う宮本氏の詞の世界の源泉のようなものや
団地群がかもし出す哀愁のようなものに触れられることに期待して、
当時、高台へ続く坂道を上ったような気がする。

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by hiziri_1984 | 2012-08-22 15:44 | 赤羽台団地徒歩記(2012.7.8)  

団地ノスタルジア

過日、数年ぶりに赤羽台団地を訪れた。

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地図にある空白部分の「建設中」という表示が気になったけれども、
敷地内に入ってみると、以前と変わらず団地はそこに建っていた。

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なぜこうも団地って“いい”んだろうと思いながら、
というわりに写真が全然“いい”感じで撮れないなーとぶらぶら歩いていたら、
バッタリと街の変化に出くわした。

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残念ながら、部分的に解体・建て替え工事が進められていた。

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UR都市機構による街再生プロジェクトは着々と進められているようで、
この先数年で、この辺りの様子はガラリと変わることが予想された。
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久しぶりの団地探訪気分は、
すっかり廃墟巡礼の気分になった。

とはいえ、偶然ではあるものの、
街並がすっかり変わってしまう前に来られた。
そういえば、数年前、なぜここを訪れたのだったけか。
当時のままの場所はまだ多く残っているようで、
さらに奥へ進んだ。
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by hiziri_1984 | 2012-08-22 02:23 | 赤羽台団地徒歩記(2012.7.8)  

海行ったの? ちがう、ただ歩いて焼けた

ぶらぶら歩くのはいい。
退屈しない。
クルマのように制限がなく、
行きたい道へ行けるし、好きな時に途中で止まれる。
特に、知らない場所を歩くのであればなおいい。
そこが観光地でなくとも。
むしろ観光地化されていない場所の方へ入っていきたくなる。

しかしながら、時に、
歩いていてもいまいち興が乗ってこない、
調子が出ないということもある。
そういう時どうするか。
色々ある。

見たもの聴いたものにいちいち反応する。
「こんなとこに畑!?」「苗字が“三角”って」「公園狭っ」
「この辺、昭和だ」「ここ曲がると、あっ、ここに出るんだぁ」
「ダメな感じのデイリーストアだな」「トマソンあった」

すこし調子が出てきたら、
「阿藤さんちの隣が加藤さん。へえ、じゃ次は佐藤さんって寸法かい」
とか、見たものをきっかけにテキトーにいい加減な落語調でしゃべる。
「ほー、玄関のこのがっちりとした構え。立派ですねぇ」
とか、『渡辺篤史の建もの探訪』っぽく目に付いた民家を紹介する。

それから、“もしもここで生まれてたら”という想定で街を見る。
縁もゆかりもない小学校を仰ぎ見ながら、
「帰ってきたぜ母校」とか言ってみたりして。馬鹿になって。

あと、i-podで音楽を聴きながら歩くのは普通にやる。

写真を撮るというのもある。
気になったものは、なんでもバチバチ撮る。
その際、写真家、photoブロガー、友人知人のFaceBook調などを真似る。
あの人っぽく撮ると多分こうとか、あの人ならこの風景やものを撮るとか。
楽しみ方を真似る。それをもっと増やしたい。

そういえば、今日テレビでチラッと見た、
街を歩きながら他人の家の軒先に植えて(置いて)ある植物を
勝手に鑑賞するという、いとうせいこうの企画はおもしろかった。
あれはやれる。

歩き疲れてきたら、
麦酒なんかをちょっと呑んでまた歩くと、気分も変わる。
その頃にはもう夕方だから、歩きは切り上げて、
誰かを誘って飲みにいっちゃいたいけど、
平日でみんなはまだ働いている。

他にも歩く時のあれこれはあったと思うけれども、
歩きながらやっていることを
こうして座りながら書く(打つ)からなのか、うまく思い起こせない。

こんなことを書いていたら、いまふと、
“教養とは、ひとりで時間をつぶせる技術のことである”
というようなことを中島らもが何かに書いていたのを思い出した。
あれは、何に書いてあったんだっけか。

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i-podをラジオで聴く。
思い出すきっかけづくりに、中島らもの『いいんだぜ』を聴く。

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by hiziri_1984 | 2012-08-18 03:34