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米の件

米が食いたい。

お茶碗によそわれた飯とおにぎりは
米という点でいっしょのものだけれども、
左手に茶碗、右手に箸で白飯を食いたい時と
おにぎりをほおばりたい時があって、
妙なものだなと思う。

「おにぎり」と「おむすび」は、
両の手で握られた米という点でいっしょのものだけれども、
おにぎりは手でがっちり握られたおいしさがつまっているような感じで、
おむすびは“きもちを結ぶ”という意味があるように思われ、
「めざせ一等賞」とか「きょうもお仕事がんばって」とか、
握る人のこころがつまっているような感じがする。

なんてなことをぽつりぽつり思っていたら、
するすると時間が過ぎていて、休日も終いの時間となっていて。
そんな日もある。
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by hiziri_1984 | 2011-08-28 23:14  

絶叫の売り子

この夏も、港南台中央公園の祭りへ行って参りました。
小雨でしたが、例年通りの人の賑わい。
が、涼しいせいか、全体的に落ち着いた雰囲気であります。
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早速見たのは、暗がりで夏恋ドラマを期待しながら、
仲間とたむろってる男子たち。
ちらちらそちらを意識しつつも
みんなで色々な味のかき氷をまわして
キャッキャッつつきあう女子たち。

男子と女子、微妙な距離感を保ちながら、
ドキドキしているカンジ。
懐かしい。
自分は何もなかったくちですけれどもね。
はは。麦酒が苦くておいしいです。

で、ぐるりとまわる。
かき氷、焼きそば、たこ焼き、みず飴、わた飴、チョコバナナ、
面、射的、金魚すくい、フィギュアすくい、クジ、アイドルグッズ……
色々出ていてたのしい。
どうも目が向くのは、それら的屋(てきや)の棚よりも、
その向こうにいる的屋の主人たち。
この人たちは普段何をしているのだろう、と。

全国のお祭りや縁日をまわって、露店を営んでいるのだろうか。
原価数十円のものを数百円で売っているのだろうし、
なかなかの儲けにはなるとは思うけれども、
彼らはどのようにして生計を立てているんだろう。
冬の間はどうするんだ。
謎だ。

電球の下で売上の札を数えるおっさんが生々しい。
彼らの何かこう「こわい」「あぶない」雰囲気というか、
失礼ですが「人生裏街道」的な風貌に、妙にひきつけられる。

そういえば、私が小学生時代からお馴染みの、
“勝つともう1本もらえる”じゃんけん水あめのおばさんが
今年はいない。去年はまだいたのに。すこしさびしい。

またちょっと雨が降って参りました。
木陰で一服いたす。

東京音頭の大音響の中で
小雨でもなお意地で舞うおばさんの連合、
雨でぬかるむ踊り場、発電モーターのうなりと的屋店主の銭数え、
たこ焼き屋の熱気、焼き鳥屋の煙、焼きそば屋の絶叫売り、
中学ボーイズ&ガールズのキラキラ、水飴のベトベト、
ソースが焦げる香り、景品エアガンで撃ち合う少年ども、
夏の祭りはたのしい。
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絶叫売り子がいない方の焼きそば屋の焼きそばを食い、
麦酒一杯でいい具合になったので、ぼちぼち帰ります。
ありがとうございました。また来年。
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by hiziri_1984 | 2011-08-21 23:43  

涼しくて時たま雨

きょうは、2011年で五位以内に入る
過ごしやすさだった。
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by hiziri_1984 | 2011-08-21 22:52  

『kocorono』


bloodthirsty butchersのいまを追った、
ドキュメンタリー映画『kocorono』を観た。
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冒頭いきなり、バンドの経営面での運営がうまくいっていない、
そんなお金の話合いが展開される。
ちょっと、衝撃的だ。
その後も、メンバー間の不和とか苦渋する姿が遠慮なく映し出される。
生々しい。

「(バンドよりも)大切な日常がある」という言葉、
レコード会社との仕事に対するスタンスのズレ、43歳という現実、
ロックバンドをやっている人たちの見えざるリアルが伝わってくる。
フェスで交わされる2人のやりとりが、印象的だ。

射守矢:走りたいから走るだけじゃ、社会を生きていけないじゃん。
吉野寿(eastern youth):でも、走りたいから走ってるやつに
グッと説得力があるわけじゃん。
今日のブッチャーズを見て、それを感じた。

この作品は、プロモーションではない。
これを観たからといって必ずしもブッチャーズを聴こう、
という風にはなっていないし、していないと思う。
「情熱大陸」や「トップランナー」のように
饒舌でもなければ、観る人をある種パッケージ化された
ポジティブへ導くだけのものでもない。

苦しんでいる人たちがいて、それがありのまま撮られている。
演奏でそれらの苦難が昇華されるのかと思ったら、
「おめーら、(リズムが)はえーんだよ」(吉村)と怒号が飛ぶ。

それでもやっぱり、ひとつのバンドとして音を鳴らす時、
舞台裏のいざこざを超えて、ブッチャーズだけの音が、
グワーっとそこに現出する。多くの人たちが引き込まれていく。

「自分はアーティストとかミュージシャンじゃないんですよね。
 ただの、“バンドの人”なんですよね」(射守矢)

様々な「うまくいかない」やりとりが交わされる中でも、
メンバー一人ひとりが、
吉村が紡ぐ音と詩の世界、そして、
自分たちのバンドサウンドを信じていることが伝わってくる。

しかし、何度もさまざまな“現実”と衝突する。
彼らもまた、他のバンドやアーティスティックな活動をする人と同じく、
自らの表現活動でメシを食っていく難しさを抱えている。

過去の実績も未来への淡い期待も削り、
“いま、ここ”に迫った長編ドキュメンタリー。

自分らの音楽を信じて20年以上やってきた誇りと
その軌跡に拠ることなく、バンドをやり続けて生きている人たちの覚悟を観た。

おもしろかった。
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by hiziri_1984 | 2011-08-21 17:24 | お酒を頂きながら鑑賞  

正義の味方

幼稚園に入る頃、テレビの前で見ていたと明確に覚えているのは、
『サンダーバード』『カトちゃんケンちゃんのだいじょうだぁ』
そして、『ウルトラマン』と『ウルトラマンセブン』。
その頃はテレビで放送されていなかったはずなので、
近所のレンタル屋や友達から借りていたのだと思う。

向かいの家の浜君は、シリーズ全話を持っていて羨ましかった。
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pen、思わず買った。
目新しい記事はあまりなかったが、
改めて読んで、思い出して、おもしろかった。

メフィラス星人の“悪質宇宙人”とかね。

シナリオが一本まるごと掲載されているとか、
実相寺監督とか金城哲夫との制作秘話とか、
もっと書いてあったらいいなぁと思った。

このpenには記載されていないが、
円谷プロがオーストラリアで製作した
『ウルトラマンG(グレート)』というのもあって、
これは、小学校低学年の頃、VHSのテープが擦り切れるほど見た。

多分、ウルトラマン80以来のウルトラマンだったと思う。

グレートは、カラータイマーが△である。
そして、主人公の日本語吹き替えは、京本政樹だっ。

衝撃的だったのが、怪獣のデザイン。
ややアメリカンコミックなタッチで、
怪獣というよりは地球外生命体・エイリアンという感じ。
第1話のゴーデスとかブローズ(豪版ツインテール)、リュグローとか、
バルタン星人等とはまたちがったインパクトがあった。
おもちゃ屋では、グレートではなく、怪獣のフィギュアを買ってもらった。
怪獣ばかりをねだる自分に、
「後で欲しいって言っても買ってあげないんだからね」と
叫んでいた母を思い出す。

戦闘シーンでは、
変身して登場後の勢いで序盤はガンガンいくのだけれども、
一旦怪獣にやられて、負けそう・・・(カラータイマー鳴る)、
でも、最後は盛り返して勝つ!という流れが多くて、
それも日本のウルトラマンとは違った。
下からの煽りのカットが多く、
超人感をぐんぐんに際立たせていたような気がする。

うーん。見たくなってきた。
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by hiziri_1984 | 2011-08-19 01:19 | 瀆書体験  

Bloodthirsty butchers 『7月』

8月中旬、もうお盆の時季だけれども、
この夏は、Bloodthirsty butchersの『7月』をずっと聴いている。
歌い出しまでの前奏は、自分としてはこんな感じ。

いい風が吹いている。涼しい。
さわやかな風だ。
でも、私はいま、もっといい風を待っている。

空を眺めて、しばらく風を見ている。

風は、すこしずつ、強くなっていく。
シャツの襟がはためく。
暑さで空気が淀む8月が訪れる前に、
ほんのいっとき吹く7月の風が、
もう、すぐ近くまで来ている。
心臓の音が高鳴る―

来た。この風だ。
胸のあたりが澄みわたる、7月の風。
(ギターとバスドラ4つ打ち)
高鳴る自分の鼓動と世界の律動がシンクロする。
アタマは驚くほどクリアだ。

いまなら、こころを素直に言葉にできる。
覚悟はできた。(ハイハットとスネアを同時に2発)
言葉を風に乗せて、高く、遠くへ飛ばす。

おそるおそる。だが、しっかりと。
そっと歌いはじめる。
「ここにあるだけの」。

そんな感じ。

Bloodthirsty butchers 『7月』(「kocorono」より)
http://www.youtube.com/watch?v=KzL35D2hdlE

街を歩いていても、
もう風が涼しいという局面はなかなかない。
でも、聴きたくなる。

それと、『プールサイド』。
水のつめたさと透明感、空の青、
太陽が水面に反射してまぶしいプリズム、などがイメージされて、
暑いほどに、聴く。

Number girlのカバーの方は、より清涼感がある。
http://www.youtube.com/watch?v=e_SdOrwv56I&feature=related

ぜひ一度ライヴへ行こうと思う。
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by hiziri_1984 | 2011-08-15 00:10 | お酒を頂きながら鑑賞  

ポストロックなど@渋谷

ポストロック、ハードコア、インスト、エモーショナルというワードが
あなたの音楽性にフックして、たとえば
toe、REGA、ENVY、Explosions In The Sky、
LITE 、Clean Of Core などがお好きな方に、
明日15日、こんなライブがあるので紹介します。

8/15(mon)
MARUYAMA SOUNDS @渋谷o-nest

[Line-Up]
ミックスナッツハウス
CHEROCKEES WORLD MUSIC CENTER
goodbye blue monday
MATTEKUDASAI
draw

OPEN: 18:30 / START: 19:00
ADV: 2000 / DOOR: 2500 (ドリンク別)

中でも、トリをつとめるdrawがインスト。
他にはない、なかなかかっこいいサウンドが聴ける。

この夏、エモーショナル不足の方は、
お盆の最中にライブをやる心意気も買って、
ぜひぜひ、行かれたし。
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by hiziri_1984 | 2011-08-14 20:00 | お酒を頂きながら鑑賞  

知らないライブを見にいこう

ライブへ行って、
それまで聴いたことも見たこともなかったバンドやアーティストの
音楽とその演奏にふれるというのは、なかなかおもしろい。
それも、レコード会社等によるクオリティ管理・演出・検閲がなされていない、
在野のバンドたちのギラギラ・トゲトゲした感じ、である。
(アングラと括ってしまうのも、ちょっとちがう)

ライブというとやはり、
自分が好きなアーティストやバンドが出演するから行くのが基本。
それでいうと、飛び込みライブは、レコード・CDでいうところのジャケ買い的な感じ。

観たいアーティストがいる場合はその音楽にふれることで、
魂が揺さぶられる、楽しくなるという体験をすでにしている安心感があるし、
それを音源ではなくて、生で体験するという目的があるけれども、
初見バンドのライブは聴いてはみたものの全然ダメでしたということもあり得る。
が、その逆もまた然り。「こんな音楽があるのか!」ということで、
つまりは、発見や感性の開拓のようなものがある場合もあるのですね。
ちと大げさですけれど。

新しい音楽を聴く機会がめっぽう減ってしまった自分としては、
とても刺激的であるし、また、出演する人たちは、自分と同世代あるいは上の方も多く、
「やっているなぁ」「続けているなぁ」と何かこう勇気付けられるのですね。

で、そうしたライブを楽しむにあたっての自分の作法としては、
お酒を飲み、頭とカラダとゆるくして、演奏に集中する。
そういった意味で、最近になってようやく、ライブハウスのドリンク制に必然性を感じた。
てめぇ、それは音楽ではなくて本当は酒を飲みたいだけだろてめぇ、と
胸ぐらを掴まれるかもしれないが、そうです。お酒が好きです。酔うのは愉快です。
でも、あと、あたらしい音楽に臨むにあたり、
これまでの自分の価値観、自分にとってのふつう、固定概念、先入観などの諸々を
一回捨てるというか、ふりだしに戻すというか、
雑誌インタビューとかで所謂「ニュートラルな視点・立場」つって、書かれるようなこと。
それが肝心なのではないかと思うから、
瞬時に「今の自分」を捨てるためにアルコールを摂取するという理由もあるんです。
(うそくせーなー)
自分らしさが自分の限度になってしまっていねーか、ということで、
20歳を過ぎれば、お酒の力を借りることができるのだから、それを行使するわけです。
(ぜってーうそだよー)
ただ、飲みすぎると今度は逆に、
自意識が膨張してパンクするので、摂取量はほどほどにします。

もし、お酒が飲めぬとなると、
街行く人全員にハイタッチを求めたり、
ナイフとフォークでおにぎりを食したり、
父母を名前にさん付けで呼んだり、
あるいは、
「プワァーン」という警笛を口で発しながら、駅のホームを急行気分で駆け抜けたり、
釣りへ行って針が海底に引っかかって取れなくなる度に
「みんな、ほら見て。地球が釣れたよ」と大声でアピールして、
誰かに海へ突き飛ばされたりしないといけなくなり、たいへん手間と時間がかかる。
則天去私とはこうもむずかしいものであるかと、
眉間にシワを寄ながら、ライブハウスでビールを飲んでいます。あはは。

頭とカラダをゆるくした後は、
感じるままにカラダを動かしたり、精神を踊らせたり、よいと思えば演奏者に拍手を浴びせる。
ふつうのことですね。もしつまらぬと感じたら、
ビールの追加オーダー、カクテル系への切り替え、物販のひやかし、
フライヤーの熟読、喫煙、ナンパ、ツイッターとかすればいいと思う。

ポイントは、演奏が終わったあと、
別の曲も聴いてみたい、またこの演奏を見たいと感じるかどうか、だ。

といった以上のことは、
友人たちがやっているバンドが
他の色々なバンドと共演・対バンするの見たり、
多種多様なアーティストたちが集うフェスティバルに行った際に、
つらつらと思ったことであり、発見したことでありました。

以上、ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
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by hiziri_1984 | 2011-08-14 17:27 | お酒を頂きながら鑑賞  

こわい

生まれて27年と6ヶ月が過ぎたにもかかわらず、
成長していない、慣れない、あるいは克服できていないもののひとつに
怖い話・怪奇現象という項目があって、
これはどうやって鍛えればいいのかよくわからない。

見なきゃいい、聴かなきゃいいとよく言われるが、
それはそれで、人間として生きる愉しみのひとつを
拒絶しているように思えて、損をしている感じがしてしまう。

そう。怖い話は、愉しいのだ。
昼間は。

Youtubeなどで、
この話・画像のどこが怖いんじゃアホ、とさえ思うのだけれども、
これが夜になり、さらに一人という状況になると、
明るいうちは鼻で笑っていた話、画像、映像(のワンシーン)が、
ただならぬ恐怖となって、鮮明に思い起こされる。

普通にしていればそうでもないのだけれども、
「あっ、部屋のあの辺、すごい暗いな。なんか居そうだな」などと意識されて、
ひとたびスイッチが入ってしまうともう全然ダメで、
自室に一人でいることさえままならない。
「こわくなーい」とか歌いながら、
夜、トイレへダッシュするしかなくなる。

布団に入り、消灯する。
頭に、ふつふつと怖い話、画像、映像が思い出されてくる。

ふと、
カーテンの隙間から誰か見ているんじゃないか、と思う。
女の人が、片目でじっと。
きちっと閉めておかなかった自分を呪う。
立ち上がって閉めに行けばよいのだが、
もし、もしも本当にいたら、と思うと閉めに行けない。
そっちの方を見ないようにする。

気分を明るくするために、TVもしくはラジオを点けようと思う。
が、もし、もしも怪電波をキャッチして、
女の人の顔とかうめき声とかが放送されたら・・・と思うと、点けられない。

「もういい。一回電気を点けよう」と思う。
でも、もし室内の電気を点灯した瞬間、
今まで暗闇で見えなかった女の人が、
部屋の隅にいたら・・・と思って、点けられない。

こうなったら、誰かに電話してちょっと気分をほぐしてもらおうと思う。
が、
主人公が仲間と電話しているのだけれども、
突然、仲間が何者かに襲われて
「ギャー」とか叫びながらプツッと電話が切れる、
みたいなホラー映画によくあるシーンが思い起こされて、かけられない。
(電話の向こうの仲間が私という想像)

暗闇に包囲されて、全方位恐怖。

ただ、布団にじっとくるまって、
朝日が昇り、スズメがちゅんちゅら鳴きだすのを、
ただただ待つしかないのである。

よく1年間ものあいだ、一人暮らしできたなと思う。
(上記のようなことが毎晩、というわけではないけれども)

実を言うと、夜中にパソコンを一人で打っている今もちょっと怖い。
それというのも、ここは実家であるものの、
盆休みということで、家族は皆、青森に帰省しているせいもある。

この際、節電無視で、屋内全灯して布団に入ろうかな・・・。

が、もはや各部屋の電気を点けに行くのも、なんなら、こわい。

早く眠気に襲われたい。
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by hiziri_1984 | 2011-08-14 02:48 | 散文