<   2011年 05月 ( 14 )   > この月の画像一覧

 

俺放送局

以前、ドライブ中でもi-podが聴ける装置を購入した。
この装置がなかなかの優れもので、
装置とクルマのラジオのFM周波数を合わせることで、
ラジオがその周波数をキャッチし、自分のi-podが車内でも聴けるのである。
つまり、i-pod用アンテナとでも言おうか。
しかも、充電用の接続口に差し込むだけ。コード等は一切不要でラクチンだ。

クルマに乗る際は、これを使用し、楽しいドライブを満喫していたのだが、
ふと、これは車内だけでなく、家でも使えるなと。

で、使ってみた。
20年近く前に、祖父から譲ってもらったSONYのラジオである。
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周波数は、FM87.5で・・・・・・聴ける!
俺放送局だ。DJ、俺。
アナログと最先端デジタルの融合というカンジで、楽しい。
ラジオの“それなりの音質”が、部屋のBGMとして聴くにはちょうどよく、
なかなか味わいがあっていい。気に入った。
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by hiziri_1984 | 2011-05-22 22:18 | お酒を頂きながら鑑賞  

駐車場の決意表明

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どんなストリートアートよりも、強い意志を感じる壁描き。
「地面師」というわるい奴がいるのか。
「ゴト師」みたいなことか。
平成6年から、かれこれ15年近く戦い続けているようだ。
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by hiziri_1984 | 2011-05-21 22:11 | 散文  

大判振舞い

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すわっ、「日本、酒飲み放題」!
と、見えたので記念に撮った。
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by hiziri_1984 | 2011-05-12 18:08 | 散文  

『GANTZ PERFECT ANSWER』

佐藤信介監督『GANTZ PERFECT ANSWER』を観た。

1作目を観て、全然アカンかったけど、
2作目こそはと、少しは期待したが、
駄目であった。

タイトルに「PERFECT ANSWER」とあるし、
やはりここは、原作のコミックでもまだ判明していない、
「GANTZって何?」という謎への答え(佐藤監督の解釈)を期待して、
少なくとも原作読者の多くは映画館へ足を運んでいる、と思う。

結果、その謎は映画の中でも謎として、
ほぼ横すべりさせたまま、エンディングを迎えた。
がっかりした。(以下ネタバレします)

いや、まあ、一応は謎に対する答えはあった。
本作で、あの黒い球体は、「死」の恐怖・不条理の象徴として描かれた。
ラスト、玄野が黒い球体内部に入り、GANTZそのものとなることで、
愛する人のために死(の恐怖)を乗り越えるのだ。

しかし、玄野たちが戦う理由を「愛のため」や「平和のため」という
わかりやすいものにしてしまうと、
原作「GANTZ」がもつ面白さがほぼすべてと言っていいほど、損なわれてしまう。
なぜかというと、
「なんだかわからないけど、戦わされている。しかも、戦って勝たなければ死ぬ」という不条理さが、
「GANTZ」の面白さの原動力になっていると思うからだ。
GANTZに指令されて戦うことを
「愛する人のため」「みんなのため」というあまりに健康的な正義に変えてしまうと、
悪夢のようで不気味なGANTZの世界観が崩れ、原作読者の多くは共感できないと思うし、
裏切られたような気持ちになる。(原作のラストがどうなるかは、分からないけれども)
そもそも、GANTZが死であるならば、星人と戦っているここはどこなんだという、
疑問は置き去りのままであるし・・・。

VFXとか、映像としての凄さをやりたかったのか。
いやいや、これなら10年も前だけど『マトリックス』の方が全然凄いぞ。

結果、「なんで映画化したのだろう」と思った。
がっかりした。
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by hiziri_1984 | 2011-05-07 23:18 | 映画館で観る  

『まほろ駅前多田便利軒』


大森立嗣監督の『まほろ駅前多田便利軒』を観た。

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作中、「おせっかい」という言葉が出てくる。

よかれと思ってやったことが、結果として相手に不快を与えたり、
やりすぎたかなと思ったら、案外相手は喜んでくれたり。
人と人の距離感はつかみづらい。
どこまで人の気持ちや生活に踏み込んでよいものかという判断は、むずかしい。

多田(瑛太)が営む便利屋という職業は、
依頼主の知られざる部分に踏み込まざるを得ない仕事である。
じじいの妄想に付き合わされたり、夜逃げに出くわしたり、
絆を失いかけている親子関係を目の当たりにしたり、
仕事を通じて依頼主の光の当たらない(当ててほしくない)ところまで見えてしまうわけだ。

多田は、それら依頼主の私生活に
いちいち口を出すでも手を出すでもなく、
相手のテリトリーに踏み込むことなく、淡々と仕事をこなす。

しかし、そんな多田のスタンスは
同級生の行天(松田龍平)との再会によって、徐々に変わっていく。

この行天という男が、多田と共に仕事をしながら、
夜逃げした家族のもとへわざわざ犬を届けたり、
売春婦の家のドアを修理するついでに
その女をつけまわす男から身を守ってやったり、
ことごとく依頼主の私生活に介入する。
行天は、多田が守っていた境界線を軽々と踏み越えるのだ。
多田はそんな行天を口で否定しつつ、仕方なく手を貸す。

それにしても、30歳の男ふたりの再会というのは、おもしろい設定だ。
このふたりの間には、小学生時代に
“多田が押したせいで、行天あやうく指を切断する事故”という過去がある。
まさに指の皮一枚でつながっているような関係だ。

おそらく、卒業以降、顔を合わせていなかったふたり。
卒業からこれまでのお互いの人生を知らず、
またそこに踏み込もうとしないし、あまり踏み込んでほしくないとも思っている。
でも、まぁ、それなりに楽しく付き合える。
(こういう関係は、男特有の感じなのかもしれない)

ところが、思わぬところでふたりの過去が露になる。
アニメ 『フランダースの犬』の最終回についてふたりが語り合う場面。
あの有名な、ネロの「ぼく、もう眠いや」のシーンである。

行天は、自分のいちばん好きなもの(ルーベンスの絵)のもとで、
大切な者(パトラッシュ)とともに天に召されるのだから
「しあわせだ(ハッピーエンドだ)」と言う。
一方、多田は「子どもが死んで、なぜしあわせ(ハッピーエンド)なんだ」と言い返す。

かつて自分の親を殺そうとしたことがあるという過去を持つ行天は、
ネロに少年時代の自分自身を投影している。
多田はネロに幼くして亡くしてしまった我が子を投影している。
ここでやっと、30歳の男ふたりが抱える、それぞれの人生の暗部に光があたる。
(ここを回想シーンにするのではなく、いま現在の語りに過去が噴出するという描き方がいい)

過去の過ち・失敗を乗り越え、再生の道を模索するふたりが
再生の先に求めるものは、「しあわせ」な生活に他ならない。

それは、多田と行天だけではない。地元・まほろで生きる男たちも同じだ。
街のヒーローになりたかった刑事。
売春婦に熱を上げるチンピラ。
都市公団的ニュータウンで親の愛を知らぬまま育つ少年。
若くしてどこか虚無的な裏街のドン。
権力にどこまでも弱い小市民のおっさん。
わが子を背負いながら働く弁当屋の兄さん。
皆、同じである。

そんな中で「俺、もう30過ぎたし、このままずっとダメな感じで生きていくのかも」から
「それでもまあ、なんとかやっていくか」というところへ向かう
ふたりの心の経過が淡々と描かれる。

この作品が良いのは、
「それでもまあ、なんとかやっていくか」というところに至るまでを
ストーリーとしてでなく、一瞬一瞬の心の変化の積み重ねとして
丁寧に描かれていること、だと思う。

それは原作が小説であることにも因るかもしれない。
原作を読んだことはないけれども、監督が原作からインスパイアされたことを、
小説内のセリフや人物造型だけに頼らず、
映像として新たに表現しようと挑んでいると思った。

「しあわせって何?」みたいな、人生に関する問いについて
失敗と挫折を経て、男たちが再び模索する
そのプロセスがおもしろいからおもしろい。

多田と行天は喪失感を引きずり、再びつまずくことに怖れながらも、
面倒くさいけど他人の人生と関わりながら、さらに一歩踏み込みながら、
それぞれ今まで歩んできた道と地続きのしあわせに向かって進んでいく。

もちろん、具体的に「しあわせって何」に対する答えは出ない。
そのプロセスこそがこの映画のおもしろさであり、人生そのものなのだ、と思わせる。

“都会ではないけど田舎とも言えない”
“海から遠いが山間部でもない”
“部屋の隅にたまる埃”のように、ヒトが流れ着く街・まほろ。
そんな中途半端な街だからこそ、そこで生きていく男たちの苦悩と逞しさが際立つ。
「明日からできる、現代の男のかっこいい生き方」のようなものを感じた。

とてもいい映画体験でした。
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by hiziri_1984 | 2011-05-05 23:58 | 映画館で観る  

謝謝

上海旅行のお土産に、中国産の煙草を頂いた。
フィルターまで赤色で、肺いっぱいに中国。
味はハイライト風味であった。
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by hiziri_1984 | 2011-05-05 23:49  

信州へ ~続々々々・小諸、佐久~

佐久からバスで小一時間走り、芦田に到着。
バス停に着いてすぐ、廃墟と化したスーパーマーケットが。う~む。
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花火やガンプラを買った文房具屋もほぼ閉店状態。
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酒屋の息子である同年代の友達と遊んだ公園は、15年前を変わらず残っていた!

それにしても、クルマは走っているが、人がまったくいない。
山から吹く風が、誰もいない、当時賑わっていた通りを吹き抜ける。
その度、降りたシャッターがガタガタ鳴って、切ない気分になる。ならざるをえない。
とりあえず、町をグルリと歩いてみることにした。
i-podで音楽を聴きながら。
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やっと、第一村人、発見!
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と、この一枚を最後に、Lumixの電池が切れた。切れてしまった・・・。
というわけで、写真の記録は以上。

この後、歩きまくって風景を見て、懐かしい人に会い、
父に会い、父の仕事現場を見たり、温泉に入ったりして、夕刻に芦田を後にし、
旅の〆にそばを食い、佐久から新幹線あさまに乗って横浜へ帰った。

癒しや楽しみだけではなく、
観光だけではない何かを求めて旅ができるのは、しあわせなことだ。と思った。
信州は、たまたま、父が長野で仕事をしている関係上、縁のできた土地ではあるけれども、
幼い頃に横浜とはちがう場所で生活できたことは、
自分の体験として色濃く残っている。

また、行きたい。
それから、水が清らかに流れる場所へもっと行きたい。と思った。

以上、信州・旅の記し、終わり。
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好きな花オオイヌノフグリがきれいに咲くのをたくさん見られた旅でもあった。
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by hiziri_1984 | 2011-05-05 23:47 | 信州への旅(2011.5.GW)  

信州へ ~続々々・小諸、佐久~

佐久行きの電車出発まで、
まだ時間があったので、懐古園へ。
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小諸城は、
武田家(山本勘助・馬場信房)→
織田家(滝川一益)→徳川家(仙石秀久)と
城主を替え(名将揃いだっ)、築き上げられた城である。
今は、城跡として公園化されている。
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展望台から千曲川を望む。
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ここも桜が見頃。5月初旬、信州の山の上は、今が春であった。
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戦国ファンにお馴染みの名軍師・山本勘助が使ったとされる「鏡石」。ほんとうだろうか。
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山本勘助は軍師でありながら、血なまぐさい武将としての面影があり、
黒田官兵衛・竹中半兵衛や直江兼続よりも好きだ。でも、この石は本当だろうか


隣接する動物園にも行った。皆、眠そうというか、寝ていた。
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そんな中、孔雀がフルサービスで羽を広げてくれた。生まれて初めて、生で見た。
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従業員のおっさん曰く、
「兄ちゃんの髪の色見て、オスだと思って威嚇してんじゃねえかな。あはは」と

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懐古園を後にし、再び小諸駅へ。
小梅線に乗り佐久を経て、芦田へ向かう。
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桃の花。

旅は続く。
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by hiziri_1984 | 2011-05-05 23:20 | 信州への旅(2011.5.GW)  

信州へ ~続・小諸、佐久~

長野新幹線が開通する前、
東京と信州を結ぶ電車といえば、
特急「あさま」号であった。

父が北佐久郡立科町で仕事をしている関係で、
小学生時分は、毎年夏になると、
上野駅から特急あさまに乗り、小諸駅からバスに乗り、
立科町芦田にある父の会社(兼飯場)に行き、
そこで数日を過ごし、お盆前に青森(のおばあちゃん家)へ行くのが習わしだった。

その信州で過ごす数日間、
仕事用トラックの荷台に乗せてもらい、
従業員の兄貴やおっちゃんにカブトムシ・クワガタ捕りに連れて行ってもらったり、
地元酒屋さんの同い年の男の子と友達になり、
山、川を舞台に戦隊ごっこなどをして、遊んだ。

この小諸駅もまた、バス待ちの間、ご飯を食べたり、
お土産屋を覗いたりした記憶があり、夏休みの思い出の地である。
「新幹線が開通して、すっかり廃れてしまった」という
父の言葉を聞いたこともあって、
あれから数年、一度訪れてみなければ、と思っていた。
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15年ぶりの小諸。なるほど、街に昔のような活気はなくなっている。
ただ、感慨深い。
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もともと、朽ちたものやモノとしての役割を果たせなくなったもの、
時代の流れに取り残されたものの、
その廃れている(ていく)様を見ると、うっとりしてしまう。
美しいな、とさえ思う人間なので、
思い出の土地ということを抜きにしても、愉しかった。

それから、今回の小諸探訪の目的のひとつである、
「レストランあさま」へラーメンを食いに。

お店はまだあった!
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しかし、中に入ると、
すっかり店内は「家」化していて、まったくもってダメなカンジになっていた。
ラーメンを食いにきたと言ったが、
「レストランは数年前に閉めた。ラーメンもない。でも、喫茶はやっている」とのことなので、
コーヒーを飲みながら、一服した。
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駅上にあるお店から、小諸駅前が見渡せる。

ここのラーメンが、うまかったのだ。家族全員一致で、あそこのはうまい、と。
ちぢれ麺のいわゆる中華麺って感じで。
それを店主のおばちゃんに話すと、大層よろこび、せんべいをくれた。
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ラーメンは食えなかったが、気のいい店主のおばちゃんと話して、
「~だに」という信州のコトバを聴けたのがよかった。

酒も飲んでいないのに、見ず知らずの他人に話しかけるというのは、
旅だからなせることであるな。

「親孝行しとけよ」(←これが信州のイントネーションだと命令形に聞こえない)と、
10回ぐらい言われた。「そうする」と10回ぐらい言った。

「またおいで」「また来る」つって、退店。

旅は続く。
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by hiziri_1984 | 2011-05-05 23:10 | 信州への旅(2011.5.GW)  

信州へ ~小諸・佐久~

信州への旅、2日目。
起床9時、寝坊。朝飯を食い逃す。
天気は曇り。次なる目的地、小諸、そして芦田を目指す。

シータクのおっちゃん、
「一人旅?いいね~。なに、失恋!?失恋!?」
と、とても馴れ馴れしくて楽しかった。
大体、失恋したところで、男はあまり旅には行かない気がする。

で、そのおっちゃんに松本経由ではなく、
篠ノ井線で行った方がよいとアドバイスを受ける。そうする。
時刻表まで調べてくれたおっさん、アディオスつって、「明科駅」。

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2両のローカル線。
山中を走る。『楢山節考』で有名な姨捨山なども通る。
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ホームが半分、土。
で、トンネルを抜けると、上田市を望む山の上。
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山の上は、桜が見頃であった。
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そして、スイッチバック!
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地元、信州のボーイ。いい男っぷりである。

篠ノ井駅で、信濃鉄道に乗り換える。
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四方を山に囲まれた平野をひた走る。空、晴れてきた。
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そして、思い出の地、小諸に到着。
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旅は続く。
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by hiziri_1984 | 2011-05-05 23:03 | 信州への旅(2011.5.GW)