カテゴリ:散文( 19 )

 

抱き合う前に陽を落とす


部屋の天井からぶら下がっている電灯。

この電灯の、明るく点灯している状態と消灯したオフの状態の間、

オレンジ色に灯っている状態を

ふつう、人は何と呼んでいるのだろうか。


あれを、自分は子どもの頃から「夕方」と呼んでいる。

煌々と点灯しているのが「朝・昼」、消せば「夜」。

その間だから夕方。色も夕方。


ふと思い出したのだけれど、

幼少の頃、従姉妹のうちにお泊まりに行った時、

従姉妹家族はあれを「ジャック」と呼んでいた。

初めはなんのことを言っているのか分からなかった。

では明るい状態は何と呼ぶのか。「ジョン」か。

今も謎のままだ。


そもそもなぜこの夕方が

電灯に備え付けられているのか。

これが、真っ暗だと怖くて眠れないからではなく、

夜の営みのためにあることを

大人になったその夜にそっと悟った。

(本当の理由がどうであれ)


消したい女性と見たい男性の妥協点。妥協灯。

カチッと部屋を黄昏時にして、

みんな抱き合っているのだろうかと、

勝手に感慨深けになったりもした。


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by hiziri_1984 | 2014-01-30 02:51 | 散文  

怖い音 「サイレン」


怖いものは嫌いだけれども、好奇心でついつい見たくなる。聴きたくなる。

「サイレン(SIREN)」というホラーゲームがある。

サウンド・サイコ・スリラーという触れ込みの通り、
謎のサイレン音がストーリーテーマになっている。
その音というのが不気味で怖い。

ホラーゲーム「サイレン」は、
TVCMがあまりに怖すぎて放送禁止になってそれでかえって話題になったり、
実際の内容も完成度が高く、
ホラーゲームの金字塔になった。
(ちなみに放送禁止になったCMはYouTubeで見れます)

その後、ゲームが売れたこともあって映画化された。
7、8年くらい前の話だ。
当時のある日、夜中にたまたま点けたラジオ番組で
映画「サイレン」の音響制作スタッフが、
宣伝がてら出演して作品の見どころを話していた。
そのうち例のサイレン音について話が及ぶと、
音響マンの彼は
「実は、あのサイレン音の中には、人が恐怖を感じずにはいられない“ある音”が入っているんです」と語った。
MCが「その音はなんですか」と尋ねると、
彼は言った。

「女性の声なんです」

一瞬スピーカーの向こうがしーんとなった。
台本にない内容だったのか、MCも黙ってしまい
その後やっと「怖っ!」と言った。

音響マンの彼曰く、
人が怖いと感じる音質や音の高さなどを追求した結果、
ある一定の高さで発せられる女性の声に辿りついたらしい。
それも女性ならそのほとんどが出せる声なのだそうだ。
不気味過ぎだ。
(ちなみにその声はアノ時の声に近いそうです。興味深い)
気になった方はゲームをプレイしてみるとよいと思う。

他にも、サイレンと言えば「国民保護サイレン」。
核ミサイルが発射されたとか大規模テロが起こったとか、
日本に何らかの武力攻撃があった有時に鳴る警報。

その存在さえ知らなかったこともあって、
初めて聴いた時は戦慄した。
これもYouTube、もしくは内閣官房国民保護ポータルサイトで聴ける。
聴くとなんとも言えない気分になる。
緊迫感があるのと同時に、なぜかしら諦めにも似た感情が湧く。

このサイレン音には、警告を促しつつも、
パニックや暴動を防ぐための鎮静効果があるのではないかと思う。
しかしながらこのサイレンこそ本当に一生聴きたくない。

こんな寒い時期に、ちょっとゾクッとする音のお話でございました。


※自主制作zine寄稿記事


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by hiziri_1984 | 2013-11-11 14:11 | 散文  

ある日の休憩で


バイトの休憩時間ひとり一服していると、
途中で50代後半くらいのジャンバー姿のおっさんが喫煙所へ入ってきた。
4畳ほどの広さに自分とおっさんのふたりきり。
おっさんは煙草に火をつけるなり、おもむろに話を始めた。

「おんな専用の車両があるってのは、あれ、おかしいだろ」
といういささか憤慨気味の一言からはじまり、
女性は身体的な都合で月に1日2日休むことができるから
急にシフトをズラされたりして困る、
現場の作業場やトイレなどの環境にいちいち文句をつける等など、
男女雇用機会均等法によってかえって不遇・不利が露になった男の立場を
「平均寿命だって女の方がなげーだろ。しぶてぇんだよ、女は」と
締めくくられまで4、5分絶え間なく語り続けた。
どうやらドライバーらしいそのおっさんの現場論を
実際知らなかったことも多くあり、
自分は「なるほど」とか「へぇー」と相槌を入れながら聴いていた。

ちょうど煙草一本、ひとしきり話し終えたおっさんは、
入って来た時よりも幾分晴れやかそうな様子で喫煙所を出ようとした。

と、不意にこちらへ向き直り、
「おれ、女房いるんだよ。子どもだって、ひぃ、ふぅ、みぃ・・・4人いるんだよ」
と一言残して、出ていった。

もしかすると、おっさん、
おれが「こいつはいまだに結婚できないから、
こんな女性偏見みたいなことを言うんだな」と思っている、とでも思ったのだろうか。

色々と現場の話を聴けた。勉強になった。
しかし、なによりも、最後に自分の子どもを
「ひぃ、ふぅ、みぃ」と指を折りながら数えたのがおもしろかった。
子どもが4人もいるとわが子と言えど指折り数えるのかもしれない。
おっさん、わが子の名や顔を今一度思い浮かべながら数えたのだろうか。

腹の中をくすぐられるような感じがして、
妙に清清しい気分になって喫煙所を後にした。
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by hiziri_1984 | 2013-02-28 12:31 | 散文  

裏横浜といったところ

その日、馬車道から日の出町を経て、野毛横丁へ。
歩き続けて北上し、一度歩いて見たかった紅葉坂を登る。
登りきると大きなお伊勢さん。

それから歩くと、道は野毛山公園に続いていた。
初めて来た。頂上から港町を一望。
こういうところはやはり女性と一緒に来たいものです。
遠足中の子どもの列とすれちがいつつ、
ぶらぶら歩いて戸部。丘を下りる。

進んでいくと川にぶつかり、川沿いを行く。
ふと川に目をやると、鯉たちがなぜか橋の下に群がっている。
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あの辺は、水が温かいのだろうか。それにしてもすごい数だ。
今度は橋の上から川をのぞいてみて、驚いた。

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鯉たちが自分の方へ一斉に駆け泳いできて、
水面で口をパクパクやりはじめた。
エサを求めて、彼らは橋の下でスタンバっていたのか。
水中から水面の向こうがしっかり見えているとは。知らなかった。

その証拠に自分が横へ移動すると、
鯉たちもまたこちらへ寄ってくる。
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わかりづらい写真ですが。

あげるものもないので、再び歩く。
線路を越えて、平沼橋、岡野、
それから浅間台を登って今度は横浜駅を一望。
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こんな風に横浜を見渡せる場所があるんですね。
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谷間を下って、宮ヶ谷、南軽井沢、
そのまま横浜駅西口。

知らない名の街ばかりを歩いた。
雨は降りそうで降らなかった。
10月25日木曜日の正午から15時までのぶらぶらでした。
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by hiziri_1984 | 2012-10-28 15:40 | 散文  

“人物のスケッチ”って何だ

部屋の整理をしていたら、
大学の頃に書いた散文やら何やらがごそっと出てきた。
たとえば、こんなの。

タイトル
男になるんだよ、おれは

 男子としてオギャーとこの世に生を受けたからには、やはり人生において男らしいことをしていきたいものだと思う。
 男らしさを十二分に発揮してこそ、男として胸を張って世間を歩けるというものであり、また、「あの人、ええ男っぷりやわぁ。うち、あんな人好っきゃわぁ。もうお連れさんは居てはるんやろかぁ」「ちょっとあの人見たってぇー。肩の風切り具合がいなせやんかいな。甲斐性ありそうで、よろしおすなぁ」と、婦女子方の心をグッと掴んでこそ、男人生冥利に尽きると言えるのではないか。
 では、男らしさを発揮する行為・言動とは何かと問うてみるに、その最たるもののひとつが、自分は「断言」だと思う。揺らぐことのない意志をもって、自分の思うところをここぞという場面でバシッと言い切る。古くは、曹操、ナポレオン、織田信長、ドン・キホーテ、坂本龍馬、チェ・ゲバラ、遠山の金さんエトセトラ、時代のど真ん中を生きた英傑たちは、ここぞの断言をもってして次代を切り拓き、それゆえにその雄姿が後世にまで語り継がれ、憧れの男としていまなお人々を魅了してやまぬのである。自信と力強さ。いざという時に頼れるカンジ。これである。草食系やゆとり世代など、風が吹こうもんならパタリ倒れてしまうような、ヒョロヒョロの精神のメンズが巷に溢れる昨今。経験と知識、そして次代を読む勘に裏打ちされた一言を発する、物申すことこそ、男に生きる醍醐味であり、また、その自信に満ちた姿が婦女子の心をグッと惹きつけるにちがいないのである。
 また、断言するということは責任を負うということでもある。重要な会議やプレゼンでバシっと断言することで、プロジェクトを前に推し進め、ビジネスのイニシアティブをとる。そうして、勝ち組やらエグゼクティブなどと言われる人々が、そのポジションにのぼりつめているであろうことは容易察しがつくというものである。いま成功するために必要なのは、当世風に言えば「断言力」。これによって我が人生をガンガン切り拓いていき、自分もまた時代のど真ん中を生きることができるのだ。
 そういうわけで、自分はどんどん断言することを決意。日々これを実践していくことにした。したぜ。
 思い立って数日、そんな志の高さが天に届いたのだろうか。ありがたいことに早速、断言をかます機会に恵まれた。運気がうまくまわり始めるとはこのこと。これから自分の人生は勝ちのスパイラルに突入するにちがいない。本日はまさしく我が人生の転機。というわけで自分は断言するにふさわしい服装に身なりを整え、威風堂々意気揚々、3対3の合コンに出かけた。


書き直して掲載してみました。
たしか「人物のスケッチをせよ」というゼミの課題だった。
人物のスケッチって何だよと思ったけど。
当時自分は、
“真面目に考え一生懸命に生きているんだけど、
 きっと考えが足りない、どこか抜けている、的がすこしズレている
 ゆえに毎日が思うようにいかない。
 けど、キュートな奴”
というような人を書きたくて書いたんだった。

ゼミの人たちは皆、三人称で書いてきていた記憶がある。
“男として立派になりたい”という決意、
でもその実践の場が合コンかよ、というマヌケっぷり。
「この文章、いかかでしょうか?」という私の問いに皆戸惑い、
ゼミ室がシーンとなったことだけは今でもはっきりと覚えている。
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by hiziri_1984 | 2012-09-11 23:55 | 散文  

 猛スピードでインコが

 先日買ったばかりのまだ幼いセキセイインコが檻の中で苦しそうに首をぐいぐい伸ばしたり縮めたりしているので、どうしたのかとくちばしを開けて覗いてみると、エサの殻が上手く吐き出せずに喉のところに詰まってしまっている。このままでは呼吸困難で死んでしまう。とりあえず水を飲ませようとするがくちばしを固く閉ざして、いうことをきかない。それならばピンセットを使って取り出してやろうとするが大きすぎて口に入らない。次に爪楊枝を使おうとしたが口の中を傷つけてしまう恐れがあるので断念した。インコの方は段々衰弱していくようである。どうしたものか考えているうち、ふと、人が喉に餅を詰まらせた時、口に掃除機の筒を突っ込み、その吸引力で餅を取り出すという緊急措置があったのを思い出し、この際試してみることにした。
 掃除機のスイッチをONにした瞬間、しゅぼっ、という小気味のよい音をたててインコは筒の中へ吸い込まれてしまった。
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by hiziri_1984 | 2012-08-26 23:34 | 散文  

JR東海道中暇過ぎて

 宵の入り、帰宅ラッシュとなる駅のホームあるいは電車内で、缶ビールや缶チューハイを飲んでいるおっさんを見る度に「お先に一杯やってまっせ」的なプチ優越感を肴にしている感じがして腹立たしく、まあそんなものを肴にしてはいないにせよ、兎に角、家に着くまで待てねーのかこのアル中野郎と心の中で罵倒していたのだけれども、今回すこしばかり事情を推察してみた。
 おっさん、仕事に疲れて帰宅し、さて一杯ってな具合で食卓につけば、奥さんから安月給をつつかれて、テーブルに出される酒は雀の涙。それでは酔うにも酔えぬ。これじゃあ現実がちっともぼやけない。となれば、仕事を終えて駅のホームにつくなり、缶ビールのプルトップをプシュッと抜く、あるいはワンカップの蓋をカパァッともやりたくなりますぁーな。飲み屋へ行くでもなく、我が家に帰るでもなく、なけなしの小遣いをはたいて、ひとり駅のホームで買って飲む酒はどんな味がするんだろうか。電車を待つおっさんの視線の先には、妻にも娘にも似ても似つかぬ美しい女優が「もう一杯いかが」的微笑でお酌をしている広告看板がでかでかと。それを見つめるかそうでないか、チビチビやるその丸めた背中には哀愁さえ漂う。
 と、ここまで勝手にドラマティックに推察して、自分は切なくなった。心が痛んだ。涙が出てきた。心の中でとは言え、アル中野郎などと罵ったことをおっさんに詫びたくなった。
 がしかし、現実のおっさんはというと、電車に乗ってからも相変わらず飲み続け、いよいよつまみの袋を開封して独特のイカくさい芳香を車内に撒き散らしている。OLさんが怖ろしいほどの眼光の鋭さで睨みつけていることにはまったく気付いていない。俺の推察がどこまで現実に近いのかはようと知れぬけれども、混みあうホームや電車の中で人目も憚らず、否、もし憚っていたとしても、目の前でグビグビやられんのはやっぱりなんか腹立っちゃうな。あ、これはおっさんどうこうというより、そもそもマナーとかやさしさの問題であるな。
 と、話があまりに当たり前で普通の地点へ着地して、間抜けな気分になったところで電車が駅に着いた。おっさんはどうやらまだ降りぬ様子で、ちらっと振り返って見ると、缶の飲み口を舌の上にペシペシと当てて、ちょうど最後の一滴を飲み干そうとするところであった。
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by hiziri_1984 | 2012-08-25 00:41 | 散文  

夜駆けるサラブレッド

サラブレッドを近くで見てみたい。
職を辞したらぜひとも行こうと思っていた、競馬場へ。
5月10日(木)午後7時、“東京シティ競馬”の大井競馬場。
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場内は、仕事帰りの会社員・OL、自営業風のおっちゃん、大学生、
素朴なカップル、ヤンキー風情のカップルなどなどでなかなか賑わっている。
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一人ひとり、競馬と実生活の金銭的な距離がやや近いように感ぜられ、
ややハードコアな空気が漂っており、
以前行った東京競馬場とは雰囲気がちがう。
錦糸町から直行バスが出ていると知り、なんとなく納得できた。

この日は、南関東牝馬クラシック三冠レースのひとつ、
「東京プリンセス賞(S1)」(ダ1800m)が開催されるとのこと。
早速パドックへ。
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実際に近くで見ると、サラブレッドは、思っていたよりも大きい。
鍛え上げられた逞しい体と、それとは裏腹な、柔和で繊細そうな瞳。
なんて不思議な生き物だと思う。
どことなく歩く様子がぶきっちょな感じだなと思いつつ、
一頭一頭それぞれ歩き方がちがうことが、わかった。
ぐるぐる歩き周る16頭の中で、終始首をリズミカルに上下させている、
一番毛並みが艶やかで、お尻と後ろ脚がガッチリした1頭に目がいった。
せっかくなので、このアスカリーブル号に賭けてみる。これが人生初投票。
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競馬場は全体がくまなく照らされて、白く明るい。でも見上げると闇。
明暗のコントラストがはっきりしすぎていて、嘘くさい感じさえする。
なんだかフワフワして、足元が覚束ない。
しーんと静まり返ったレース場とそれぞれの予想と期待でざわめくスタンド。
世の中には、こんな夜もあるんだなと思う。
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レース場に姿を現した馬たちは続々と返し馬へ。
雨で泥の道となったダートコースを、
土を跳ね上げながら勢いよくギャロップしていく。
騎手の膝から下が規則正しく上下する。
ダートだからか、駆けるスピードより、力強さが印象的だ。
汗をかいた馬体が、照明にあたってより艶やかに見える。
そして、ファンファーレ。
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スタンド最前列で観戦。
「ガッジャン!」とゲートが開いて勢いよく飛び出した馬たちの蹴りが、
地鳴りのようにこちらの足元まで伝わってくる。
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レースに熱中したため、この後の写真は撮れていないけれども、
残り直線400m、逃げる1番人気のエンジェルツイートを
中段から一気に駆け上がってきたアスカリーブルが外からかわしてゴール。
ということで、初馬券が当たった。
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単勝3番人気7.2倍。500円が3600円になって返ってきた。
しかし、もう500円で賭けた馬連は外れたので、計3100円の勝ち。
ともあれうれしい。すばらしく餡子たっぷりの今川焼を買って食う。
後、最終レースを見て、午後9時終了。
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帰りしな、「すべての発見は、パドックにある。」という香里奈に
「たしかにそうでした。」とこたえて、帰路。

また、サラブレッドを見たくなったら、行こうと思う。
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by hiziri_1984 | 2012-05-13 23:36 | 散文  

刑務所のものづくり

部屋の片付けがはかどって、天気がいいことも手伝って、
ちょっと出かけようつって駅前に出かけてみたら、
“刑務所製品市”という珍しいイベントが開催されていて、
読んで字の如く、受刑者がつくったモノを展示・販売しているのだけれども、
その製品というのが高品質で驚いた。
家具、食器、靴、バッグ、衣類、生活雑貨など、
多種多様な製品が並んでいて、
特に民芸和風家具などは「これ職人がつくったんじゃないのか」というくらい
完成度が高く、和箪笥に至っては使っている素材も高級な感じで、
値札を見ると、なんと十数万円の値が付いている。
すごいなーつって、その出来ばえにすっかり感心した自分は、
予算の関係でブックカバーを購入した。
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新潟の少年刑務所製作であるらしい。
売上の一部は被害者の支援金になる、とのことだ。
これは誰がデザインしたのだろうか。
帰って調べよう。

いいモノを見つけたうれしさと、
また所有物が増えるなーという思いの狭間で
ぶらぶら歩いて帰宅した。

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by hiziri_1984 | 2012-05-10 23:47 | 散文  

本当に大事なモノだったら、なくならない。

子どもの頃、自分の宝物を空のビスケット缶に詰め込んで
お気に入りの場所に隠す、というひとり遊びをやっていた。
その隠し場所が、
家の中ではなくて外だったのがこの遊びのポイントだった。

近所の団地の裏手に人気のない場所があって、
隠し場所はそこの排水溝。
そのあたりは椿やつつじ、紫陽花などが植え込まれていて、
排水溝の上に葉が覆いかぶさって
ちょうどうまい具合に死角になるところがあった。
そこに宝物箱をそっと隠した。
ちょっと離れて見てみる。うん、見えない。隠れてる。

ビスケット缶の中身はたしか、
父からもらったdunhillのライター、キュベレイのガン消し(ガンダムの消しゴム)、
祖母からもらった亀のお守り、いちばんよく飛ぶ紙ひこうき、
ドラクエⅡのファミコンカセット、
ビール瓶の王冠コレクション、聖徳太子のお札など、
他にも色々入っていたような気がする。

“自分にとって本当に大事なモノなら、外に置いてもなくならない”

自分で自分を試すような、
あるいは宝物に自分が試されているような、変な実験めいた遊び。
もしもなくしたら、親に「どこやったの!?」と怒られるかもしれないし。
いけないことをやっている感覚があった。

隠し終わると、足をバタバタさせたいような、
いてもたってもいられないというきもちになり、
お腹の下あたりがムズムズした。

誰にも見つからないように、そっと団地裏の茂みから抜け出した。
すごくドキドキしていた。
とにかく、ケーサツに見つかったらまずい。(アホか)
架空の敵を相手に、忍者気分でダッシュで家に帰った。
(いま思うと、この昂揚は梶井基次郎の『檸檬』を読んだ時のそれに似ている)
晩ごはんを食べていても、テレビを見ていても、
宝物箱が気になって気になって仕方なく、
また、それを思い起こす度にお腹の下がムズムズした。

翌日、下校途中に急いで茂みへ行った。
通りの方から、学校帰りの生徒たちのふざける声が聞こえる。
スッとしゃがんで、そっと覆いかぶさっている葉をよける。
宝箱は、まだあった。中身も無事だ。
よかったぁ、やったーと思う反面、おかしいのは、
無事だったことにもの足りなさを感じたことで、
その物足りなさを埋めたかったのかどうか、
宝箱からドラクエⅡのカセットを取り出し、
ラスボスを倒しすっかりクリアしたにもかかわらず、
家に持ち帰ってプレイして後、夕方また宝物箱に戻したりした。
「外にしまう」という妙なたのしさがあった。

そこで記憶は途切れる。
その先どうしたか、思い出せない。

覚えているのは、ある日見に行くと、
宝箱がなくなっていたということ。
それが隠した日からどれくらい経った日なのか、さっぱり記憶にない。
ただ、雨で流されちゃったんだな、という結論で
自分を納得させて、落ち着かせたような気がする。

宝箱がなくなったことに対して、多少の悔しさはあっても、
思ったより大きな悲しみが湧かなかったように思う。
もうその時は、別の遊びに情熱が向いていたのかもしれない。
飽きっぽいのは、いまもあまり変わっていない。

宝物を安全な家の中じゃなくて、外の誰にも見つからない場所に隠す。
自分の大切なものが外の世界にさらされてしまうドキドキ感。
それを自分で行う自虐感。
当時、それを認識してはいなかったけれども、
言葉にするとそういう楽しさだったのだろう。

不意に、父からもらったdunhillのライターのことを思い出して、
芋づる式に「宝物隠し」遊びの記憶が出てきた。

変な遊びだったなぁと振り返りつつ、
あるいは、自分のマゾヒスティックな性質は
こういう遊びによって開発されていったのではないかと思ったりもした。
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by hiziri_1984 | 2012-04-03 02:41 | 散文