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江戸前啖呵の炸裂


言わずと知れた、“親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている”である。

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『坊っちゃん』 夏目漱石 (新潮文庫)

この年になって初めて読んだ。
こんなにおもしろいとは知らなかった。

主人公の快傑江戸っ子男子・坊っちゃんが
生まれ育った東京を離れ、四国の中学教師に赴任するところから
小説がグッと勢いづく。

なんといっても、坊っちゃんの江戸前啖呵の炸裂っぷりがいい。笑える。
それがさらに「~だな、もし」なんて言うおっとりのんびりした
四国言葉との対比によって、歯切れのよさが際立っている。

途中、焼いても煮ても食えない慇懃美術教師・野だいこを指して、
坊っちゃんはこんなことを思う。


  野だは大きらいだ。こんなやつは沢庵石をつけて海の底に沈めちまう方が日本のためだ。


単純明快、読んでスカッとする。
私的な感情であっても、威勢のよさで一般的・客観的な見解などは吹き飛ばす。
こういう語り方は、落語、こと東京の落語でよく聴く。

また、野だいこ(「太鼓もち」を由来とした揶揄)というあだ名を
坊っちゃん自らがつけたにもかかわらず、
いつのまにか「野だいこ」から「野だ」になっている。
あだ名が一周して普通の苗字(野田)になっているのも、おもしろい。
「この際いちいち呼ぶのも面倒だ。あだ名も略しちまおう」
なんていう説明くさい一文のかけらもないのもいい。

小説後半、東京では体験したことのなかった、
狭い田舎街ならではの閉鎖的な雰囲気や
じめじめとした人間関係、そこに根づく奸計や嫌がらせに参りながらも、
坊っちゃんは宿敵・赤シャツと野だに復讐を敢行する。

この、小説の山場ともいえるシーン。
自分は緊迫するどころか、読んで脱力した。
それというのも、
復讐の際、坊ちゃんは後で食おうと思っていた生玉子を野だの顔面に投げつけるのだ。

これはやっぱり洒落だろう、と。
「いい気味(黄身)だ」っていう。
100年前の作品のオチをいまあーだこーだ言っても仕方ない。
ただ、一貫した作品における調子というか馬鹿馬鹿しさには感服した。

ネタバレで言ってしまうと、この復讐が本作のいわばクライマックスである。
知恵はないが、腕に自身のある坊ちゃんは玉子を投げつけ、
ここぞとばかりに野だを殴りまくる。
山嵐は自分を辞職へと追い込んだ赤シャツを殴りまくる。

作中、敵役ふたりのねちねちとした嫌がらせが幾度となく繰り返される。
だから、もはやこのシーンまでたどり着くと、
暴力はいけないとかいうモラル・道徳を越えた清清しさや気持ちよさがある。

「殴っちまえ、そんなやつ」が成立する。

そういった意味で、この作品が名作と言われる由縁がなんとなくわかった。
普通一般でダメだろうとされていることがOKになり(肯定されていて)、
それが江戸前の笑いと織り交ざって、おもしろいことになっていると思った。
「300円だから」という安易な理由で読んで、思わぬおもしろさであった。

そういえば、本文とは関係ないけど、
読み終えたあと、ふっと頭に湧いた歌があったのでご紹介します。

■『マシマロ』 奥田民生
http://www.youtube.com/watch?v=vx61fYz-8WI
歌われている人間像のニュアンスがちょっと似てる、のでしょうか。

by hiziri_1984 | 2013-02-22 23:53 | 瀆書体験  

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