自分の声はいつまでたっても聞き慣れない

その昔、人は黙読というものができなかったらしい。
正しくいうと、黙読という読み方がなかった。
読書といえばもっぱら音読・朗読で、
子どもも大人も声に出して本を読んでいたそうだ。
俄かには信じがたいけれども、ものの本によると、
字を目で追うというのは、日本では明治時代以降から一般的になった読み方であるらしい。

朗読と聞いて私が思い出すのは、あるラジオ番組である。
その番組は10年ほど前、TOKYO FMで週に一度、深夜に放送していた。
浪人生だったか大学生の頃だったか、はっきり覚えていないけれども、
夜にラジオを点けたらたまたまその番組が放送されており、
聴こえてきたのは、俳優・竹中直人のシブい声。
彼が何かを読んでいた。朗読番組のようだ。誰かのエッセイを読んでいる。

日常にあるささいなことに目を向けて、注視してみると、
そこに思わず「なんだこれ」と言いたくなるような「妙なもの」が潜んでいることに気付く。
見つめるほどに「普通」に紛れ込んでいるその妙なものが
浮き彫りになってきて、段々可笑しくなってくる。
そんな感じのエッセイ。(なんて抽象的な解説だろう)
それを低音ベースのきいた竹中直人のシブい声が淡々と語る。
そのミスマッチ感がおもしろい。制作の狙い通り、笑ってしまった。

ひとつのエッセイを読み終えると小休止が入って、音楽が流れる。
その曲というのが朗読した作品の内容に沿った選曲で、
番組全体に朗読する作品の世界観や
朗読そのものへグッと引き込む雰囲気があって、
センスいいなぁと思った。シンプルで素敵な番組だなぁと思った。

そしてまた竹中直人の朗読がはじまった。おもしろい。
フフッと笑ってしまうようなネタをあえて真面目に語る文体。
それでいてどこかとぼけたような印象の・・・
あれ、この文章知ってる。読んだことあるぞ・・・。
番組の最後に朗読した本が紹介された。

宮沢章夫 『青空の方法』
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やはりそうだ。書棚にある。おもしろいわけだ。
朗読することで、また違った面白味が生まれるもんだなと感心した。

宮沢章夫は、劇団「遊園地再生事業団」を主宰する演劇人で、
また著作が芥川賞候補になったこともあり、作家としても有名だ。

個人的には何と言っても「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」だ。
宮沢章夫はじめ、シティボーイズや竹中直人、
いとうせいこうといったメンバーで結成されたコント・パフォーマンス集団である。

彼らの実験的でありながらも、きちんとベタの上に乗っかった貪欲さもある、先鋭的な笑い。
それまでコントといえばダウンタウン(松本人志)が斬新であるし最高、と思っていたけれども、
ラジカル~のコントにはそれより以前にこんな変な(おもしろい)ことを
やっている人たちがいたのかという衝撃があった。
1980年代後半に活動していたユニットなので、
リアルタイムではなかったけれども、初めて見たのはたしか、
友人に借りたVHSだった(また見たいなぁ)。

当時としてはやや前衛的なテーマのもと、
“どこまで発想を飛ばせるか”というようなナンセンスを武器にしたコメディと
演劇的シリアスの絶妙な配合、とでも言おうか。
そこにシティボーイズを中心にした独特なキャラクターたちが混ざる。
アンダーグラウンドっぽいちょっと危険な雰囲気も魅力的だった。
 
というわけで、竹中直人の朗読には、
かつて新しい演劇パフォーマンスを追求した(否、し続けている、か)人間たちの
コラボレーションという意味、粋な演出があったのだ。

それからその朗読番組を毎週聴くようになった。
取り扱う本のジャンルは幅広く、朗読者もさまざまだった。
特に、ユーモラスな雰囲気の中に女性ならではの不気味な感じを漂わせる
岸田今日子や樹木希林の朗読は忘れられないし、
よしものばななの小説のおもしろさを知ったのはこの番組を通じてである。

10年前の当時、
斉藤孝の『声に出して読みたい日本語』が売れていたり、
下北沢のストリート漫画朗読家が話題になっていたりしていて、
大学生だった自分は、声に出して本を読むのは
楽しいことなのかもしれないと思って、
小学校の国語の授業以来十数年ぶりに音読をしてみた。
結果からいうと、全然楽しくなかった。すぐにやめた。

それが最近になって、たまに音読をしている。
今考えてみると、当時はまず音読に選んだ本がよくなかった。
たしか、その時にちょうど読んでいた保坂和志の小説を
声に出して読んだのだったけれども、
どうも彼の著作は音読に向かなかったらしい。
途中から苦行のようになってきて、続けるほど楽しいものじゃなかった。

まず、音読したらよさそうなものという視点で選ぶことが必要だったのだ。
そもそもまた音読してみようと思ったのは、
古今亭志ん生や桂枝雀のマネをやりはじめたからで、
マネと言っても、彼らの名演を聞きながら、
それをなぞってブツブツしゃべったりするだけだけれども。
それがちょっと楽しかった。ドーパミンが出てる感じがした。
落語は本ではないけれども、台本はある。
あるものを声に出して読むというのがいいんじゃないかと思って。
それでなんとなく音読をしはじめた。

黙読が頭に入ってくるのに比べて、音読は身体に入ってくるような感覚がする。
音読して何がよいのかと問われたら、何を答えられるわけでもないけれども、
強いていうなら、目だけで読むよりも多少カラダの部位を動かすわけだから、
カロリーを多く消費するかもしれない、というくらいか。
まあ、暇だからやってみたら、案外楽しかったということだ。

せっかくなので、ここ3ヶ月くらいの間で音読してよかったものを紹介します。

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『爆発道祖神』 町田康 (角川文庫) 
なにせリズムがいい。時に講談調になったりする朗読パンク。アドレナリンが出る。

『徒然草』 吉田兼好 (岩波文庫) 
国語の授業で暗記させられた「つれづれなるままに~」のリベンジ。
軽めのエッセイとして読む、という感覚で読むといい。

『桂枝雀爆笑コレクションⅠ スビバセンね』 桂枝雀 (ちくま文庫) 
私的に関西落語最高峰。スピードがちがう。「どんならんでぇ、ほんまぁ」を自然に言ってみたい。



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『乳と卵』 川上未映子 (文春文庫)
町田康の女性版という感じで。エロス。
『先端で、さすわさされるわそらええわ』もお薦め。意味はまだよく分からんけど。

『絶叫委員会』 穂村弘 (筑摩書房)
短歌創作の切り口で、日常に潜む妙な一言を切りとる。読みながらとにかく笑える。

『萩原朔太郎詩集』 三好達治選 (岩波文庫)
詩や短歌は朗読と相性がいい。やはり歌うものだからか。FFの吟遊詩人の気分で。



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『吾輩は猫である』 夏目漱石 (新潮文庫)
まだ読み途中。一篇一篇の長さがちょうどいい。寝転がって読むのがいい。

『小説 真夜中の弥次さん喜多さん』 しりあがり寿 (河出文庫)
時代劇。テンションが高い。「ギャー」とか「ぐえー」を思いっきり読んだら、
家族の者が部屋に飛び込んできた。声量要注意。

『さまぁ~ずの悲しいダジャレ』 さまぁ~ず (宝島社文庫)
笑っちゃってちゃんと読めない。大竹風に読むのが乙。



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『第一阿房列車』 内田百けん (新潮文庫)
百鬼園先生の名旅随筆。ちびちびとお酒を飲みながら読んだりした。

『瀕死の双六問屋』 忌野清志郎 (小学館文庫)
ライブにおける曲と曲の間のMCをやるように読むとピースフル。



基本的にはすべて再読。
次は、谷崎潤一郎の官能・エロス系や
芥川龍之介の寓話的なものがよいのではないかと思っている。
このまま続けたら、
ついでに滑舌もよくなるのではないかと期待している。
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by hiziri_1984 | 2012-10-22 14:42 | 瀆書体験  

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