町田康『人間小唄』

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こんな小説を今まで読んだことがない。
笑った。
そして、詩集『そこ、溝あんで』とのつながりが深い。

当初キチガイであったはずの蘇我臣傍安が、
途中、こんな真面目なことを考えたりする。

猿本の作物の影響力が大きく、それが人々の頭脳に染みついて、
人々の考え方や振舞いに実際的な影響を及ぼしているのだけれども、
その作物が、さっきも言ったように、
人々の耳触り、目触りのよさを眼目として制作されているという点が
もっとも問題なのである。

それがよき方向に向かおうと悪しき方向に向かおうと、
およそ人に影響を与える言説はそれ自体に一定の力と方向性を内包している。
強烈な核、のようなものがある。
根元的なパワーがある。はずである。

ところが猿本の作物にはそれがない。当たり前だ。
猿本は人々が、だいだいこういうことを言われたらうれしい、
というアンケート調査、世論調査に基づいて、プロデュースしているのだ。
それは大変におそろしいことだと俺は思う。
だってそうだろう、自分が影響を受けている、
そのことを自分の人生の規範としている、ということ、
じゃないとしても、自分が楽しい、自分が楽、な状態に自分を導いてくれる教え、
みたいなことが、実は自分の感情に過ぎない、っていうことだからである。
[文中引用]


当初「正常」に見えたはずの両奴が、怠惰、不義理によって歪んで見え始める。

相対して土下座し合い、正座で向かい合って、憎しみと呪詛、
悪ふざけが入り交じったやりとりをする。今まで見たことのない人間と人間の描かれ方。

なんだこれは。
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by hiziri_1984 | 2011-01-24 03:42 | 瀆書体験  

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